TRADITION

空海や最澄が仏教を学び研究していた「大安寺」
はじまりの奈良

2020.12.21
空海や最澄が仏教を学び研究していた「大安寺」<br><small>はじまりの奈良</small>
宝物殿には7体の天平仏がある。唐の様式を伝える初期の密教仏だ。中央にあるのは、天平時代の不空羂索観音(重要文化財)。羂索という綱を執り、あらゆる衆生を引きつけて救済すると信仰された

南都七大寺のひとつで、最大規模を誇っていた大安寺。仏教の伝来後、どのような規模で、どのような役割を担っていたのでしょうか。貫主である河野良文さんに話をうかがいました。

教えてくれたのは……
河野良文(こうの・りょうぶん)さん
大安寺貫主。福岡県生まれ。15歳で高野山に登り、仏門に入る。高野山大学卒業後、開教留学僧としてタイ国留学。帰国後、高野山真言宗教学部勤務。1985年、大安寺に入寺。2002年より現職

日本最初の国立寺院で
国際的な仏教総合大学

本堂の御本尊には、天平時代の十一面観音立像(重要文化財)や、秘仏として馬頭観音もある。現在はがん封じ笹酒まつり、稚児の大師に甘茶をかける「青葉祭」などの行事を行っている

河野良文さんは、仏教の日本伝来について、こう話す。

「伝来したのは538(宣化3)年、または552(欽明13)年頃だといわれています。『日本書紀』には、百済の王から欽明天皇に金銅釈迦像や祭具、経典が献ぜられたことや、その外交文書に『この法は、福徳果報(幸い、才能、直心)を生ずる。無上れたる菩提(こよなき心の安らぎ)をかなえる』という記述があるのです」

その後聖徳太子が、仏教の要素を織り交ぜた十七条憲法を定め、さらに607(推古15)年に日本最古の木造建築である法隆寺を創建し、仏教を取り入れたことで、日本で興隆していく。

その聖徳太子は亡くなる直前に、後に舒明天皇になる田村皇子に対して「私が熊凝村(平群郡額田部)に建てた熊凝精舎を、御世御世の天皇のために大寺とし、永く三宝を伝えてほしい」と遺言を授けた。大寺とは、天皇がつくる国家の寺だ。

田村皇子は舒明天皇となった639(舒明11年)年、百済川の畔に熊凝精舎を移し建て百済大寺とした。これが太子の遺志を承け、天皇家が威信をかけて造営した日本最初の国立(天皇立)寺院になったのだ。

それがやがて百済大寺、高市大寺、大官大寺と名とところを変え、最終的に平城京遷都の際に平城京へ遷寺して大安寺となり、南都七大寺のひとつとなった。左京に大安寺、右京に薬師寺が置かれた。当時、重要な寺のひとつだったことがわかるだろう。

「当時の大安寺の大きさは、なんと15坪(約25万㎡)です。南大門は平城京の朱雀門と同じ規模をもつ重層の楼閣で、七重の塔が二基もありました。高さは70mあったことがわかっています。残念ながら現在はありません」

建設にあたっては、唐で16年学び、奈良時代の仏教界の指導的立場だった道慈律師が長安西明寺を模して改造したといわれている。

「当時の大安寺は、僧侶養成(人材育成)と仏教研究の場であり、国内外の高官や文化人、僧侶が滞在する迎賓館の役割も果たしていたのです。『国際的な仏教総合大学』として887名もの学侶が居住して勉学修行に励みました。寺として最大規模でした」

その学侶の中に、インドから来て東大寺の大仏開眼をした立役者の菩提僊那、密教の個性真言宗を開いた空海、天台宗を開いた最澄などがいた。錚々たるメンバーだ。弘法大師は平安時代にここに住まいをもち「大安寺は是兜率(弥勒菩薩がいる浄土)の構え、祇園精舎のなり」と言ったという。

都が京に移った後も、残された諸大寺は盛観を保っていたが、やがて栄枯の歴史をたどることになる。大安寺にとって大きな打撃となったのが、1017(寛仁元)年の火災だ。西塔・講堂・食堂・宝蔵・経蔵・鐘楼などが焼けてしまった。

「いまは最盛期の25分の1の広さしか残されていません。僧侶も、現在は私を含めて5名です。今後ここを、癒しや安らぎを感じていただけるような宗教空間、そして国際縁日や歴史講座などで歴史文化の魅力を学び体感する場へと整えていきたいです」

現在は、がん封じ祈願の人などが数多く参拝している。近い将来、周辺環境が変わり、JR大和路線の新駅や京奈和自動車道の新インターができる予定だ。新たな人の行き交いが起きることを、河野さんは期待している。

cooperation: Masayuki Miura edit: Hazuki Nakamori text: Yoshino Kokubo photo: Yuta Togo
2021年1月号 特集「温泉と酒。」


《空海の聖地を訪ねる。》
1|真言密教はじまりの地「東寺」
2|「大日如来と薬師如来」を比較で知る密教の個性
3|秘境の宗教都市「高野山」が生まれた理由
4|修行の場を曼荼羅化した「壇上伽藍」
5|入定した空海が生き続ける「奥之院」

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