TRADITION

修行の場を曼荼羅化した「壇上伽藍」
空海の聖地を訪ねる。

2020.9.11
修行の場を曼荼羅化した「壇上伽藍」<br><small>空海の聖地を訪ねる。</small>
根本大塔内の立体曼荼羅/胎蔵界大日如来と金剛界四仏をともに祀るのは「金胎不二」、すなわち別々の経典をもととする金剛界も胎蔵界も本質的には同じだと示すものだという

高野山二大聖地のひとつ「壇上伽藍(だんじょうがらん)」は、金堂や根本大塔など諸堂が建ち並ぶ高野山の象徴的な存在。空海がこの地で表現しようとした曼荼羅の世界に迫ります。

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根本大塔と西塔で両界を3D化

高野山を修禅の場と位置づけた弘法大師空海は自ら、伽藍建設を計画。その志は弟子たちに受け継がれ数多の年月を経て完成したのが、高野山の二大聖地のひとつ、壇上(場)伽藍だ。壇場とは修法を行う曼荼羅道場を表す言葉。高野山内でも高い台地にあるため、現在は壇上伽藍と書かれることが多い。

約5万5000㎡に十数の堂塔が、密教独特の寺院配置で建つ中で、ひと際高くそびえるのが、約48・5mの根本大塔だ。密教の根本道場として建立された大塔のためこう呼ぶ。中には胎蔵界の大日如来を中心に、周囲に金剛界の四仏(阿閦如来、宝生如来、観自在王如来、不空成就如来)が、さらに周囲を同じく金剛界の十六菩薩が描かれた柱が囲む。一方、壇上伽藍の西北に建つ西塔には金剛界の大日如来を中心に、周囲を胎蔵界の四仏(宝幢如来、開敷華王如来、無量寿如来、天鼓雷音如来)が囲む。つまりこの二基の塔は、仏の悟りの世界を示す金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅を3D化した、両界の立体曼荼羅となっているのだ。

弘法大師空海が、山全体を曼荼羅世界にしようとした一端である。

根本大塔

胎蔵界の大日如来が中心におわす
密教の根本道場として弘法大師空海とその直弟子・真然の2代にわたって築いた大塔(現塔は昭和期の再建)。胎蔵界の大日如来を中心に金剛界の四仏を祀る。

根本大塔は日本初の「多宝塔」
多宝塔とは初層が方形、二層が円形で屋根が宝形造り(四角錐)で最上部に相輪が付く形状の仏塔。これを日本にはじめて現したのが弘法大師空海が企図した毘盧遮那法界体性塔、現在の根本大塔だ。

西塔

金剛界の大日如来が中心におわす
根本大塔と対をなす西塔には、本尊・金剛界の大日如来(重要文化財。現在は霊宝館に安置)を中心に、胎蔵界の四仏が祀られている。内部は非公開。

 

伝説の「三鈷の松」ってナンだ?
弘法大師空海が唐から帰国する際「伽藍建立の地を示し給え」と海岸から投げた三鈷が掛かっていたと伝わる松。その葉は普通2本のところ3本。金堂では塗香(ぼこう)とともに三鈷の松葉の授与も。

「金堂」の内部で「壇」を発見!
重要な法会が行われる金堂。東西の内陣には、経机の向こうに法具などが並べられた壮麗な「壇」がある。もともとインド密教で、砂でつくった壇の上に諸尊の像を置いて修法を行ったのがルーツといわれる。

開創1200年目に復興した中門
壇上伽藍の門であり、高野山参拝の重要な結界のひとつ、中門。847(承和14)年に弘法大師空海の構想に従って建立。その後7度の焼失を経て、高野山開創1200年の2015年、172年ぶりに再建がなった。

text=Kaori Nagano(Arika Inc.) photo=Kazuma Takigawa plan=A2 WORKS
2019年5号 特集「はじめての空海と曼荼羅」


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《空海の聖地を訪ねる。》
1|真言密教はじまりの地「東寺」
2|「大日如来と薬師如来」を比較で知る密教の個性
3|秘境の宗教都市「高野山」が生まれた理由
4|修行の場を曼荼羅化した「壇上伽藍」
5|入定した空海が生き続ける「奥之院」

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