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「カランク」湯河原の海山が生み出すブイヤベースが印象的なフレンチレストラン
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2020.1.29
「カランク」湯河原の海山が生み出すブイヤベースが印象的なフレンチレストラン<br>犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
世界に誇れる豊かな海ここから上質な魚が揚がる
湯河原から見渡す相模湾。魚の宝庫と呼ばれるのは季節ごとの魚類が豊富だから。晴れの日は手前に真鶴、奥に三浦半島がくっきり見える。入り江がいくつも重なる地形が、豊かな漁場を形成している

どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。今回は南仏仕込みの魚介フレンチレストラン「カランク」を紹介する。

いぬかい・ゆみこ
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。

経験を重ねるほど奥深い
ブイヤベースで勝負!

2019年7月、湯河原に「カランク」という小さなレストランがオープンした。早速地元の美味しいもの好きの友人に、その評判を聞くと、「いいお店よ。ブイヤベースはおすすめね」。

それもそのはず、オーナーシェフの金野茂氏は、22年間熱海の高級旅館内にある「ヴィラ・デル・ソル」の料理長を務めた。店は由緒ある建物(文化財)と、窓から海が見える、最高の魚介フレンチレストランだった。その店が本館とともにリニューアル閉店することになり、金野氏は熱海のお隣、湯河原で独立したのだ。

仕入れは「魚久」で
店から車で15分ほどの「魚久」はホテル時代から通っている鮮魚店。創業60年、別荘の人たちや料理人が立ち寄る。「金野さんの注文は量も増えて、質のいいものになってる」と2代目髙橋照幸さん

シェフとソムリエ、忙しいときにはマダムが加わるというミニマムなチーム。料理はほとんどをシェフ一人が仕上げるのだから、その完成度が高いのは当然のこと。早速、足を運んで驚いた。ブイヤベースの魚は、具に7〜8種類、スープに6種前後。その充実度は以前より格段にパワーアップしている。

「熱海と湯河原の間にある鮮魚店『魚久』さんには毎日行きます。昔からのつき合いですが、やはり毎日通うとよりいい魚が手に入ります」。毎日揚がってくる魚から最も美味しそうな魚を選ぶ。アベレージが高い秘密はそこにある。金野シェフのブイヤベースは、よりデリケートな料理に進化していた!

日本に南フランスの風を届ける

伊勢海老のコンソメジュレ
あっさりしたコンソメの後からリッチな伊勢海老の風味が広がる。高級寿司店御用達の北海道・羽立の紫ウニにブルーのポリジの花

「カランク」。この店名が南仏の美しい入り江のことだと知っている日本人がどれだけいるだろう。フランスの第2都市、マルセイユは古くから東西南北の文化・経済の交差点。かつては海運業で栄えた港が、近年は商業都市として様変わりした。それでも周辺の海岸沿いには、まだまだ美しい自然が残されている。

「カランク」とは、このマルセイユの東の海岸線にある入り江のこと。地殻変動によってできた白い石灰岩の断崖絶壁が続く切り立った入り江は紺碧の海との美しいコントラストを見せ、訪れる人の心をとらえる。

真鱈の白子とブルーチーズ
この日、入荷した真ダラの白子。組み合わせたのが塩味が強いブルーチーズ。クリーミーな白子に、ピリリとした塩味がアクセント

金野シェフは、1年半のマルセイユ修業時代、何度もカランクに足を運んだという。「その美しさを忘れたくなかったのと、ここがブイヤベースの発祥の地なので、迷わず店名にしました」。

独立に際して湯河原を選んだのは、自宅もあって土地勘があり落ち着ける場所だったから。何より海と山に囲まれた、南仏の修業時代を思い出させる土地だったからだという。「ちょっと車を走らせば、海の潮の香りと、山の木々の香りを嗅ぐことができます。魚と野菜に恵まれた、料理人にとっては理想的な場所です」。

スープ・ド・ポアッソン
魚のスープ。ブイヤベースのようにサラサラではなく、魚の身も骨もすべて一緒に漉すから、舌触りにざらつき感が出るのが特徴

金野シェフの一日は魚と野菜の仕入れからはじまる。「フランスで仕事をはじめた頃、シェフについて朝市に通っていましたが、彼は魚を見て、気に入れば買う。そこから料理を考えるんです」。日本では○○をつくるために必要な魚を注文する、という逆の手順だったし、料理も定番化していた。

「そうか、料理は素材を見てから考えればいい。その日、最高の魚をチェックしよう」。それがいまでは毎日の日課になった。金野シェフ、「魚久」ではその日の魚をひと通り見て次々と注文していく。おまかせコースのリピーターから一番多いリクエストがスープ・ド・ポアッソンだ。魚を丸ごと濾したスープ用にはブイヤベースとは違う魚を使い、インパクトのある食感を演出する。

鰆と茸のマトロート
魚のメイン料理。キノコと赤ワインソースでコースを締めくくる。サワラは春の魚といわれるがこの地域では10〜2月に旬を迎える

店から15分、野菜の仕込みも金野流。谷口農園に到着すると金野シェフは籠を抱えて、ビニールハウスに向かう。「好きなものを好きなだけ採って持っていくんです」。支払いはざっくりと1カ月でいくらと決めてあるので、いわば「採り放題」!

「仕入れから仕込み、調理、後片づけ。すべて一人でやるのは大変ですが、100%自分の料理と言えるし、もっと完成度を高めていきたいと思っています。何より素材の説明などお客さまとのやり取りが楽しいですよ!」。ベテランならではの技術や発想を生かした料理に期待したい!

カランク
住所:神奈川県足柄下郡湯河原町宮上374-1 ライオンズマンション第2  1F
Tel:0465-42-9360
営業時間:11:30〜13:30(L.O.)18:00〜19:30(L.O.)
定休日:月曜、火曜の昼
料金:ランチ:3800円〜、ディナー4500円〜、ブイヤベースコース1万円(税・サ別)

文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
2020年1月号 特集「いま世の中を元気にするのは、この男しかいない。」


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