FOOD

「ファム デ バトー アオキ」
鎌倉の竜宮城へようこそ【前編】
犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン

2021.6.8
「ファム デ バトー アオキ」<br>鎌倉の竜宮城へようこそ【前編】<br><small>犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン</small>

思いがけないところに、思ってもみなかったいい店がある。日本のレストラン文化はこんなに奥深い!と感激する店を探してきました!今回訪れたのは、神奈川県鎌倉市のレストランFemme de Bateau Aoki(ファム デ バトー アオキ)」。自ら漁に出るオーナーシェフ・青木園子さんの魅力と、センスあふれるご馳走の数々を前後編で紹介します。

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン、食文化を取材。最近は日本の地方に注目。郷土料理を守るだけでなく、その土地の生産者とともに新しいレストラン様式に挑戦するシェフを取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

その日揚がったばかりの素材をどう楽しんでもらうか?
青木さんの料理は
船上で魚を処置するところからはじまる。

鎌倉は東京から1時間ほどで行ける観光地であり、これからの季節はビーチリゾートとしても人気がある。そしてもうひとつの顔は首都圏に最も近い食材の宝庫であること。とはいえ、街を歩くと観光客目当ての店ばかりが並ぶ。海鮮丼店はあるけれど料理はないの? とグチをこぼしたら、鎌倉在住の事情通がとても興味深い店を教えてくれた。

「JR鎌倉駅から徒歩約2分の路地裏にあるので店の前を通っても気づかない人がほとんど。思い切って扉を開けると誰もが驚く。料理は店主の青木園子さん一人で回している。ジャンルにとらわれない個性的な料理で、何より魚と野菜など素材が抜群に美味しい。しかも、彼女は漁にも出るんです」漁に出る女性料理人とはどういうこと? 興味津々で早速連絡を取り、漁から帰ってきたところで話を聞くことにした。

小坪漁港はこぢんまりとしているがその歴史は古く、鎌倉時代にさかのぼる。現在はアワビやサザエの稚貝を放流して育てるなどの漁業も盛ん

待ち合わせ場所は小坪漁港。三浦半島には大小さまざまな港があるが、小坪漁港は逗子マリーナと葉山マリーナの間にあるごく小さな漁港だ。待つこと2時間、漁船に乗って現れた青木さん。

「今日は沖に出てトラブルに遭い、いつもより帰るのが遅れちゃって。普段は船の上で作業して、港に着いたらすぐ市場に持っていくんだけど」。8時間ほども船に揺られながら漁をしてきたとは信じられない。きびきびとした動きだ。いまが旬の平目の神経締めをはじめ、1尾ずつ手際よく処理していく。ひと通りの作業を終えて店の話を聞くことができた。

平目は神経を壊して死後硬直を遅らせてできるだけ鮮度をキープする。この手当てをすることで味も損なわない

「生まれは東京だけど、育ったのは湘南・材木座。海が大好きだからこの場所を離れられなくなってしまって」。20代は、地元の日本料理店に勤めていて、そこで基礎的な和食の技術を教わった。「料理が好きだったから、自分で店をやるのもいいかなと思って」

独立して由比ヶ浜に店を構えた。9年後、いまの店が空くと聞いて現在の場所に移った。6年前のことだ。その頃から漁に出るようになり、新しい店名はフランス語で「船の女、青木」という訳。それにしても漁と店を両立させるのは相当の覚悟が必要だろう。

青木さんが乗り子(漁師の助手)として乗船している「かず丸」。定員12名。江の島沖まで出て行き網を引く

「昔は朝から漁に出て、昼に仕込み、夜は営業もできたけど、いまは体力的に無理。できるだけ長く続けたいから、漁は店が休みの日だけ出るようにしている」。コロナ渦にあっては店を休業中でも、漁には出ていたというから驚く。

最近の釣りブームもあって、“漁師”志望の女子が増えていると聞くが、実際のところ長続きする人は少ない。乗り子(漁師の元で手伝いながら独立を目指す漁師見習い)を体験しただけで諦める人が多い中、青木さんのような“スーパー乗り子”もいるのだ。

右から青木さん、「かず丸」の船長、小坪漁業協同組合長で「大竹丸」の大竹清司さん。二人は青木さんにとって、“親愛なる海の仲間たち”

青木さんの料理は後編で紹介しよう。魚はもちろん、野菜も生産者から買ったり、市場に行ったり。これぞ「御馳走」(走り回って美味しいものを集めてもてなす)。

「ファム デ バトーアオキ」の店主・青木園子さんはふたつの顔をもつ。漁に出る日は日の出とともに小坪漁港出港。荒波をものともしない海の女! 夜は自分で捕った素材を料理してもてなす。センスあふれる大人の女!

オーナー 青木園子(あおき・そのこ)さん
東京都生まれ。8歳のとき、材木座に引っ越して以来、湘南住まい。20代は鎌倉の料理店で基本を学ぶ。その後、由比ヶ浜で独立。9年目に、小町の現店舗に移転。この頃から漁に出るようになり、通の間で話題に


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Femme de Bateau Aoki(ファム デ バトー アオキ)
住所|神奈川県鎌倉市小町1-5-9

Tel|0467-53-8339
営業時間|17:30〜21:00(L.O.20:00)
定休日|水・木曜
予算|1万円前後 ※アラカルトのみ
※新型コロナウイルス感染防止対策のため営業時間は変動あり。要確認

text:Yumiko Inukai photo: Muneaki Maeda
Discover Japan 2021年6月号「うまいビールとアウトドア。」


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