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どこへ向かう、これからのレストラン
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2020.6.5
どこへ向かう、これからのレストラン<br>犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
「たらば蟹と天然海老をたっぷり乗せた甲殻類出汁のカレーと蟹入り有機野菜サラダのセット」 2000円(うぶか)

新型コロナウイルスの影響を大きく受けている飲食業界。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんが、危機的状況に陥っているレストランの「いま」を語る。シェフたちはどう乗り越え、そして未来へとつないでいくのか?

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。料理だけではなく、食材の向こう側にいる生産者までも取材し、シェフたちのこだわりをとことん追求。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

レストランがなくなる日?

10年前の2010年末、私は一冊の本を書いた。タイトルは『レストランがなくなる日』。レストランがなくなるなんて、あり得ない。出版社が提案したタイトルにそのときはかなりの違和感を覚えたが、いまなら「ついに来たか」と納得する。

10年前といえば2008年のリーマンショックの後で、世界的な不況の真っただ中だった。老舗料亭の食品偽装問題をきっかけに、高級飲食店の閉店が相次いだ。一方では、あの手この手で安さに徹した店も増え、立ち飲み、立ち食いブームにつながっていった。それでも若者の外食離れは顕著になり、飲食店側の大きな問題は人手不足だった。アルバイトを募集しても応募がない、来てもすぐに辞めてしまう。というわけでレストランを取り巻く状況は最悪だった。

しかし、経済は徐々に回復。この10年の間にレストラン業界はグローバル化を目指してつき進んできた。味、サービス、空間にこだわったファインダイニングやガストロノミーレストランが続々登場。予算6、7万円の店の予約が取れない。そうした店は半分以上は海外からのお客だ。その一方で安さが売りのレストランも雨後のタケノコのごとく増えた。どちらも決して長続きはしない危うい状況だと思っていたところ、今回のコロナ問題が起こった。

アイデアで危機を乗り越える

3月半ば、イタリア・ミラノの老舗リストランテで働く友人からのメールを読んで、がくぜんとした。「いま、大変なことになっています。すべての飲食店が営業停止です」。

東京では4月7日に緊急事態宣言が発令された。期限は5月6日までの1カ月。飲食店への要請は、営業は5〜20時まで、アルコール提供は19時まで。これではレストランとしてまともに営業できない。早々に休業する店もあれば、家賃や従業員の給料分だけでも稼がなくてはと、ランチ営業を開始、テイクアウトやデリバリーに切り替えたり、できることからはじめている。

四谷・荒木町「うぶか」は、海老とカニの専門店。全国から仕入れる海老とカニは一年を通して60種類以上。店主の加藤邦彦さんは和食をベースに、洋食、中華の技術を取り入れている。コロナ対策のテイクアウトはカレーとサラダのセット2000円に絞った。カレーソースはタラバガニと海老の出汁と味噌がたっぷり入っているので甲殻類の旨みを思う存分感じさせる。トッピングのタラバガニはゆでた身をほぐし、片栗粉をまぶして揚げた海老は、プリッとした食感が印象的。サラダの中身は種類、色彩も豊富でボリュームたっぷり。店で出している料理とはひと味違う魅力だ。

「カツサンド」1500円(ウィル オ ウィスプ)

2月16日に幡ヶ谷にオープンした「ウィル オ ウィスプ」は、代々木八幡の人気ビストロ「パス」に3年勤めた光安北斗氏が独立オープン。当初夜だけの営業だったが、やむなくランチとテイクアウトをはじめた。「通常営業のメニューはいろいろ細かいところにこだわり、手を加えているけど、昼メニューはシンプルに美味しいものにしています」と光安シェフ。カツサンドは赤身の牛を使用。バターチキンカレーは、スパイスを少し抑えめに。誰もが美味しいと納得する味だ。

「コロナ、テイクアウト」で検索すると、全国のレストランのさまざまなメニューやプランが出てくる。コロナ問題が解決すれば平常営業に戻り、テイクアウトを継続するかどうかは店による。テイクアウトは気軽にスタートできるように思えるが、単に夜のメニューを詰めればいいわけではない。店なりの、こだわりを込められるかどうかで料理人としての実力が問われる。

銀座の個性派中華「レンゲ エキュリオシティ」の西岡英俊シェフは、「どうせやるなら、コロナ問題が解決した後も持続可能な体制をとりたい」と考え、惣菜製造許可を取り、コース仕立で通販をはじめた。「日常の業務でいっぱい、いっぱいの毎日とは違い、まとまった時間が取れるのは今後のことを考えるいい機会だと思う」。

テイクアウトやデリバリーはレストランでの食事のように、出来たてのタイミングで食べることはできない。でも、ソースやタレなどの液体をジェル状にしたり乾燥させてパウダー状にするなど、食品加工の技術を使いこなせば、もっと美味しくなる可能性がある。

しかし、どんなに素晴らしい料理を家に持ち帰っても、レストランで味わうのとはまったく違う。今回のコロナ問題は、レストランがいかに私たちの日常にとって欠かせない存在かを気づかせてくれた。料理を楽しみ、会話を楽しみ、音楽やインテリアなどの空間に癒される。レストランは人類にとっての“サンクチュアリ”なのだ。

緊急事態宣言が解除された後、世の中は大きく変わるだろう。レストランの中には再開を控える店もある。お客の意識も外食に慎重になり、社会に必要とされる店が残るのだ。海外のレストランがさかんに掲げている“サスティナブル”(=持続可能な)な取り組みとは、ゴミを出さない、食材はすべて使い切ること。私たちは真のレストランの復活の日まで、家で待つことしかできない。でも、それが一番大変。いまそこにある危機から目をそらしてはいけない!

うぶか
住所|東京都新宿区荒木町2-14 アイエスⅡビル1F
Tel| 03-3356-7270

ウィル オ ウィスプ
住所|東京都渋谷区幡ケ谷1-33-2  Yukonaビル1F
Tel|03-5738-7753

レンゲ エキュリオシティ
住所|東京都中央区銀座7-4-5  GINZA745ビル 9F
Tel|03-6228-5551

 

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執筆=2020年4月14日
text=Yumiko Inukai illust=Mao Nishida
2020年6月号 特集「おうち時間。」


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