FOOD

《レストラン ナズ》
軽井沢の若き俊英による新時代の一皿|前編
犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン

2022.9.22
《レストラン ナズ》<br>軽井沢の若き俊英による新時代の一皿|前編<br><small>犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン</small>

思いがけないところに、思ってもみなかったいい店がある。日本のレストラン文化はこんなに奥深い!と感激する店を探してきました!今回訪れたのは、オープンからわずか1年で予約が取れないレストランとなった軽井沢の「Restaurant Naz(レストラン ナズ)」。北欧ガストロノミー界の最高峰で研修を重ねた鈴木夏暉シェフによる独創的な料理の数々を前後編で紹介します。

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン、食文化を取材。特に日本の地方に注目。郷土料理を守るだけでなく、その土地の生産者とともに新しいレストラン様式に挑戦するシェフを取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

軽井沢に新星現る。26歳で独立、
わずか1年で予約が取れないレストランに

2020年9月「レストラン・ナズ」が軽井沢にオープンした。コロナ禍にあっても新しい店や料理に敏感な人たちの間で瞬く間に話題になる。軽井沢にセカンドハウスをもつ私の知人からも「シンプルで気持ちのいい料理」、「シェフが若くてとても独創的、おもしろい店」といった評判を聞いていた。

早速問い合わせると、もはや「年内(2022年)は予約で満席」だという。無理を承知で、試食と取材をお願いする。ようやく時間をいただけて、ホッとした。

うかがう前にあらためて鈴木夏暉シェフのプロフィールを確認して驚いた! 16歳で地元のピザ店に入店、4年間修業の後、ナポリで1年、その後さらに、料理の道へ進もうと独学で学ぶうちに現代北欧料理に興味をもつ。なんとデンマークの「ノーマ」や「カドー」など北欧ガストロノミー界の最高峰で研修を重ねてきたのだ。それが日本でどう表現されるのか?

中央が鈴木シェフ。左隣はサービスのお母さま・智恵さん。右端がスーシェフの寺内稜さん

取材当日、軽井沢は梅雨の合間の晴れだった。気持ちのよい風と空気が心地いい。店がある追分周辺は畑と林が点在し、観光客の姿も見当たらない。このあたりなら野菜はもちろん畜産、魚の養殖など素材王国・長野ならではの充実度は文句なしだ。

撮影の最初のひと皿は毎シーズン、ひとつの野菜を徹底的に分解して再構築する畑の一皿。ニンジンからロースト、パウダー、トッピングなど6種類のパーツを切り取り組み合わせたもの。複雑で細かい工程を重ねた末に完成する、素材そのものを極限まで味わい尽くす料理だ。

「よく、何料理ですか? と聞かれるけれど、そういう枠組みは考えていません。パスタやリゾットはあるけど、イタリア料理ではない。何よりも大切なのは誰が食べても美味しいこと。信頼できる生産者によって力のある素材が出来上がる。それを僕らはより美味しく料理するだけです」

ここでは多くの素材が「発酵」、「熟成」の工程を経て味を凝縮させてから料理される。その手間が実を結ぶときもあれば、失敗もあるとか。

「北欧でも素材を発酵させて使っていましたけど、すべての素材というわけではなかった」

広々としたダイニングに昼2組、夜1組だけ。贅沢で刺激的な「鈴木劇場」が繰り広げられる

温度や湿度などの管理や手間をかける発酵・熟成をレストラン料理に取り込むことはかなりの冒険なのだ。さらに、調味料を極力使わないのも特徴のひとつだ。

「自分の中では必要ない。邪魔になることさえある。フレンチのフォンや日本料理の出汁を使うとも違う。同じ素材から味を引き出してこそ、自然な味に感動するんだと思う」

鈴木シェフの考え方はこれまでの常識やテクニックにとらわれない。何か新しい時代を予感させる「芽」が随所に見られる。その芽がどう成長するのか。進化の過程を見てみたい。コース10皿は次のページでしっかり味わってほしい。どの皿もそれまで経験してきた素材とまったく違う魅力を味わわせてくれる。それにしても実際に予約が取れるのはいつのことだろう。

ここだけの話だがキャンセルも出るそう。運がよければ予約がかなうかも。(ただし電話は営業時間外に。幸運を祈る!)

発酵と熟成から生まれる
身体が喜ぶ料理

雪下にんじんの再構築
野菜を分解してさまざまな調理法でパーツに分け、皿の上で再構築する。毎シーズン、旬の野菜を取り上げる。たとえば春先。長野県北部飯山で栽培されている雪下にんじんは、雪の下で越冬させることで甘みが凝縮する特別なニンジン。これをいくつもの調理法で分解し、組み合わせることで雪下にんじんの個性をさらに際立たせる。鈴木シェフの手間のかけ方に注目を!

トッピング
旬の時期にはニンジンの花を使うが、この日は時季外れのためエディブルフラワー使用

ロースト
丸ごとローストして軽く燻製をかけたニンジンを、縦半割にして、セミドライに。糖度の高いニンジンは表面に蜜が浮き出てくる。それをキャラメリゼして焦がすと、甘みがさらに凝縮するニンジンの域を超えた旨み!

パウダー
燻製した皮をバターで炒めパウダー状に。皮まで余すことなく使う

ソース
採れたてのニンジンの葉とクルミのソース。ニンジンの葉の清涼感とクルミの香ばしさが相性よし

アイスクリーム
発酵させたニンジンを大きめにカットして、低温の澄ましバターでじっくり揚げる。水分が抜けて味が凝縮したニンジンをリッチなアイスクリームに。ちなみにこれだけでニンジン1.5本分使用

チップス
ロースト、燻製、スライス、乾燥させてチップスをつくる。これに発酵させたニンジンの絞り汁を含ませ、ピンセットでくるくる巻いて花びらのように飾る。一度乾燥させて再びニンジンのジュースを含ませて戻すことで、切り干し大根のような不思議な食感が生れる

シェフのお気に入り長野素材

八千穂漁業の信州サーモン
信州サーモンとはニジマスとブラウントラウトの交配。八ヶ岳のふもとから流れる大石川の水を引き入れ、かけ流しで育てている。美しい身の色と上品な味わいが際立っている
ダボス牧場の短黒和牛
菅平高原にある「天空」の牧場。旨みの強い赤身肉の短角牛ときめ細かく口溶けのいい黒毛和牛を交配した稀少品種「短黒和牛」。一般市場には出回らない料理人憧れの素材だ

千曲川、木曽川など長野は鮎天国。鈴木シェフが使うのは天竜川と上田市の鮎。「鮎が届くと店の裏の小川で網に入れて泳がせておくんです」。鮮度は抜群

Restaurant Naz
住所|長野県北佐久郡軽井沢町大字追分134-3 GREEN SEED内
Tel|0267-46-8840
営業時間|11:30〜15:00(L.O.14:00)、18:30〜23:00(L.O.21:00)
定休日|水曜、第3木曜
http://naz-karuizawa.jp/

 

≫次の記事を読む

 
 

text:Yumiko Inukai photo:Muneaki Maeda
Discover Japan 2022年9月号「ワクワクさせるミュージアム!/完全保存版ミュージアムガイド55」

長野のオススメ記事

関連するテーマの人気記事