岐阜《岐阜城》
信長が天下布武を唱えた新拠点
|豊臣兄弟ゆかりの城
これまで秀吉が主役になることはあったが、2026年はその弟・秀長が脚光を浴び、大河ドラマで主役を務めている。そこで、歴史著述家である上永哲矢さん監修のもと、下層身分から天下人へと上り詰めた豊臣兄弟たちの活躍を追いながら、ゆかりの「城」を解説。今回は、岐阜県岐阜市にある「岐阜城」をご紹介!
上永哲矢(うえなが てつや)
歴史著述家/紀行作家。各種雑誌やウェブサイトに歴史コラムを寄稿。著書に『戦国武将を癒やした温泉』(イカロス出版/山と溪谷社)、『三国志 その終わりと始まり』(三栄書房)など。
《1567年》
金華山山頂に位置する美濃国の中心地

写真提供=岐阜城
かつて美濃国の国主・斎藤道三が治めていた稲葉山城。1567(永禄10)年、信長は美濃を手に入れ、本拠地を稲葉山城に移すと、この城と城下町を「岐阜」とあらためた。ここで「天下布武」の4文字を掲げ、天下に己の支配権を確立する決意を示したのだ。そして秀吉も信長に従い、さらに功績を重ねて出世街道を歩みはじめる――。

金華山は標高329m。徒歩でも登れるが、ロープウェーで楽に山頂へ行くことができる。復興天守内には信長や斎藤道三などに関する資料が展示されていて見応え十分だ
写真提供=岐阜城
現在の岐阜城跡では、山麓にあった信長の居館や山上部の調査が続いている。宣教師のルイス・フロイスが「地上の楽園」と評すなど迎賓館の役割を果たした居館。建物こそ現存しないが、その栄華を示す庭園跡などの一部が見られる。
稲葉山(金華山)山上には天守(復興天守)が復元されている。最上階の展望台からは信長が眺めたであろう濃尾平野が一望でき、当時にタイムスリップしたような感覚が楽しめる。
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江戸時代にまとめられた秀吉の伝記『太閤記』などには美濃の鵜沼城主・大沢次郎左衛門を味方につけ、信長の美濃攻略に貢献したなど、秀吉の数々の活躍が記されている
芳年『月百姿 稲葉山の月』/国立国会図書館デジタルコレクション
岐阜城天守閣
住所|岐阜県岐阜市天主閣18
Tel|058-263-4853
開城時間|10月17日~3月15日 9:30~16:30、3月16日~10月16日 9:30~17:30
休城日|5月19日〜10月末(予定) ※改修工事のため
料金|200円
www.city.gifu.lg.jp
text: Tetsuya Uenaga
2026年4月号「地域の“旬”感へ」



































