進化し続ける老舗旅館《陶泉 御所坊》
作家・柏井壽さんの「心に残る」名旅館の朝食
しつらえ、もてなし、夕食……名旅館の滞在の醍醐味は数あれど、滞在のトリを務めるのが朝食。名旅館ではどんな朝食を供しているのか。多くの名旅館を知る作家の柏井壽さんに、心に残る朝食を教えてもらいました。
文=柏井 壽(かしわい・ひさし)
1952年、京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業するかたわら、京都や日本全国の旅や食、旅館にまつわるエッセイを執筆。ドラマ化もされた『鴨川食堂』(小学館)シリーズといった小説も執筆している
旅に出ると朝ご飯が美味しくて、つい食べ過ぎてしまう。旅好きはみんな口を揃えます。僕も右に同じなのですが、なぜなんでしょうね。いつも不思議に思います。
その最大の理由は、当たり前ですが宿が心を込めて朝食をつくっているからでしょう。普段の朝食は「済ます」という言葉を使うように、ルーティンになってしまっているので、意識して食べていないのです。
旅の宿は違います。一夜を過ごしてその締めくくりとなる朝食は、大きな愉しみのひとつです。おざなりなものだとガッカリしますが、趣向を凝らした朝食が出ると、宿の印象が大きくアップします。
夕食が美味しいのは当たり前。朝食にも気を配ってこその名宿なのです。
いい宿の夕食は一度に全部の料理が出てくることはありませんが、朝食はたいてい、ずらりと料理が並びます。なので、見た目の美しさも含め、その全体像がとても大事です。
眺め回して、さて、どれから箸を付けようかと、舌なめずりしながら迷うのが、佳き朝食の条件です。
日本三名湯のひとつ、有馬温泉にあって、創業800年を誇る名宿「陶泉 御所坊」の新しい朝食は、まさにその条件通り、思わずごくりと、つばを飲み込んでしまうほど、魅惑に満ちた朝食です。
牛肉の時雨煮、鯛の漬け、味噌漬けの玉子、鶏肉と玉子など、6種類のご飯のお供が並び、6種類の薬味も添えられ、見るだに食欲をそそります。
さて、どうやってこれを食べるかといえば、3段階に食べ分けるのだというのです。
最初はご飯におかずをのせて、次に薬味をまぶし、最後は出汁茶漬けにして食べる、いわばひつまぶし風ですが、これを「ありまぶし」と呼んでいるのも、なんとも朝から愉しい趣向です。
手を合わせた後、まずはやっぱり牛肉から。なんといっても神戸ビーフの本場ですからね。炊きたてご飯の上に、すき焼き風に味つけされた肉をのせてかっ込みます。
いやはや、朝からこんな贅沢をしていいのだろうかと、後ろめたさを覚えてしまうほど美味しいのです。
2段階目として、薬味のワサビを肉にのせて食べると、ツンとくる辛さが後口を爽やかにします。
なるほど、これは愉しい仕掛けです。とかく単調になりがちな朝食も、これなら朝から一献、といきたくなります。
肉の次は魚。ゴマダレに漬け込んだ明石の鯛。これも最初はご飯にのせて食べ、次に海苔をまぶして食べ、最後は出汁茶漬けにと3段変化。宿酔気味でもお代わり必至です。
旅館の朝食を極めたスタイルを、まねるところがきっと出てくると思いますが、「ありまぶし」は有馬でしか名乗れません。6種のおかずと6種の薬味を組み合わせれば、いったい何通りの食べ方ができるでしょうか。
こんなユニーク、かつ理想的な朝食を出す陶泉 御所坊は、大きな内風呂を備え、4世代でも愉しめるプレミアムスイートの客室を新設したり、プール感覚で利用できる、混浴タイプの露天温泉を屋上にしつらえたり、と常に進化を続けています。優れた朝食を出す宿は、間違いなく佳い宿なのです。
有馬ならではの上質な美味を凝縮させた
朝食「ありまぶし」
進化し続ける老舗旅館。
新しい客室や屋上貸切風呂も
地元の美味を盛り込み考え抜かれた夕食
読了ライン
【朝食のスタイル】
食事処または客室(特別室の場合)
(8:00もしくは8:30いずれか2部制)
陶泉 御所坊
住所|兵庫県神戸市北区有馬町858
Tel|078-904-0551
宿泊料金|1泊2食付3万6100円〜、特別室8万5000円〜(税・サ込)
客室数|14室、特別室2室
IN|15:00 OUT|11:00
https://goshoboh.com/
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photo: Makoto Ito
Discover Japan 2023年5月号「ニッポンの朝食」