実は京都の街は、肉料理天国だった!
作家 柏井壽が案内する定番の京都
湯豆腐に豆腐、懐石、うどん……。京都といえば、優しい料理を思い浮かべる人が多いかもしれない。けれど、実は京都の街は肉料理天国。柏井さんおすすめの4店を紹介しよう。
選・文=柏井壽
1952年京都生まれ。京都人ならではの目線を活かしたエッセイや旅行紀行文など著書多数。『鴨川食堂』(小学館)といった小説や小誌にて「逸宿逸飯」の連載、『日本百名宿』(光文社新書)といった著書も多数あり、京都はもとより宿の造詣も深い。
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京都で100年以上の歴史をもつ
「肉専科はふう本店」
とにかく肉。肉が食べたい、と思ったら、この店に行けば、必ずや満足する。それが「はふう」。
京都御苑の南側に本店、平安神宮のそばには「はふう聖護院」がある。本店は和風、聖護院はスタイリッシュなデザイン。料理の内容はほとんど同じなので、人数や雰囲気によって選び分ければいい。
はふう。暖簾に書かれた字が印象的だ。〈は〉は波。〈ふう〉は風を表すのだそうだ。波に揺られ、風に吹かれるように、ゆったりと、のんびり味わいたい。
本店のカウンター席が一番人気か。一人なら迷わずここ。
ランチタイムには、手軽な日替わりランチや、ステーキ丼などもあるが、ディナータイムに、じっくりと腰を落ち着け、ワイン片手に〈肉専科コース〉などを愉しむのが「はふう」流。 和風ローストビーフのような趣の〈極上牛の炙り〉、さっぱりと塩味で食べる〈牛タンあっさり塩焼き〉。このふた品だけでも、肉を食べた感は十分だが、メインはこの後に控える〈極上牛のステーキ〉。
店の母体は精肉店だったから、肉質のよさは保証付き。特に産地にこだわることなく、その時に応じたベストな肉を選んでいるようだ。調理法ももちろん大切なことだが、セレクション、そして管理によって、肉の旨さは決まる。
焼き加減の好みは千差万別だろうが、やはりミディアムレアあたりが、肉の旨みをダイレクトに味わうには一番だと思う。
芳ばしいガーリックスライスと一緒に口に運べば、肉汁が舌に染み込み、野味と洗練のバランスが絶妙に取れた、牛肉の旨みを存分に味わえる。
ワインにも合うが、ご飯によく合うのも嬉しい。ご飯に肉をのせてかき込むと、日本に生まれてよかったと、しみじみ思う。
もうひとつの名物〈カツサンド〉はぜひテイクアウトしたい。分厚い肉が実に美味しい。旨い肉を食べ尽くす店、それが「はふう」。
たっぷり肉を食べたいなら肉専科コース
こだわりポイント
目利きと 良心的な価格
左京区にある食肉卸業「ひろめ会総本店」の系列店。肉を見極める確かな目により、牛肉の魅力を部位ごとに最大限引き出す。
これもオススメ!
カツサンド
分厚く切ったヒレ肉は、中央がレアになるよう絶妙な揚げ加減で軟らかい。テイクアウトも可能で冷めても固くならない。
肉専科はふう本店
住所|京都市中京区麩屋町通夷川上ル笹屋町471-1
Tel|075-257-1581
営業時間|11:30〜13:30(L.O.)、17:30〜21:30(L.O.)
定休日|水曜
http://hafuu.com/
最良の肉を世代を問わず食べやすく
「ビフテキ スケロク」
いつから、そう呼ばなくなっただろう。僕が子どもの頃は、誰もがステーキといわず、ビフテキと呼んでいた。
「今日はビフテキでも食べに行こか」
父がそんなことでも言おうものなら、子どもたちは小躍りして喜んだものだ。
ビーフステーキを略してビフテキ。こんな素敵な響きの言葉をなぜなくしてしまったのだろうか。そう嘆きつつ、この店の看板を見て、ホッと安堵する。堂々と屋号にビフテキを謳う店は、何とも貴重なのである。
かつては千本今出川を少し西に入ったあたりに店はあり、京都五花街のひとつ、上七軒が近いこともあって、芸妓舞妓を連れた旦那衆の姿もよく見かけたものだった。
移転を繰り返し、安住の地に選んだのは、桜の名所として知られる、平野神社近くの、閑静な住宅街。
わずかばかりのカウンター席もあるが、赤いクロスの掛かったテーブル席がメイン。
もちろん名物料理はビフテキだが、洋食全般、どれを食べても美味しい。
洋食というのは下ごしらえが実に大変な料理で、ソースづくりをはじめとして、時間も手間も掛かるもの。
その片鱗をうかがえるのがスープ。濃厚なポタージュスープは、この店のもうひとつの名物といってもいい。
夏場だけのビシソワーズも出合えればラッキー、と思えるほどに美味しい。なめらかな舌触りと爽やかな後口。ビフテキのプレリュードにふさわしい逸品。
さて待ちかねたビフテキ。これぞ肉、という味わい。
焼きたての肉にフォークを刺して、口に運ぶと思わず笑みがこぼれる。噛むほどに旨みを口に広げるビフテキは、胃袋だけでなく、心をも満たしてくれる。ビフテキバンザイ!
こだわりポイント
肉の表情に 合わせた火加減
フレンチから洋食の世界に転身した際、牛肉の扱い方を必死に勉強したと話すオーナー。その日最良の肉を厳選している。
これもオススメ!
大ビフカツ
サクサクの衣に包まれたビフカツ。牛スジのだしづくりから、約3週間掛けて完成するデミグラスソースをかけた名物。
季節のスープ
名門ホテルの厨房で腕を磨いていた頃、身につけたビシソワーズ。生クリームを使わずに、あっさりとした後味となっている。
ビフテキ スケロク
住所|京都市北区衣笠高橋町1-26
Tel|075-461-6789
営業時間|11:30〜14:00(L.O.)、17:30〜20:00(L.O.)
定休日|木曜
鴨川を望みながら京の風情を満喫
「モリタ屋木屋町店」
ビフテキとともに、ぜいたくなご馳走の代表といえばすき焼。少し前までは間違いなくそうだった。すき焼という言葉の響きが、子どもの心を浮き立たせた。
ビフテキとの一番の違いは家庭でつくるのが一般的なこと。
「今夜はすき焼きにしよう」
となれば、先ず肉を買いに行くことからはじめるのが通例。京都の家庭では割り下を使わず、砂糖と醤油だけで味つけしたので、比較的失敗の少ない料理だからかもしれない。上等の肉さえ買っておけば、家でも十分美味しいすき焼を食べられる。わざわざ店に行ってまで、食べるものではない。
長くそう思い続けていたが、この「モリタ屋」のすき焼を食べて、すぐに宗旨変えした。すき焼は美味しい店で食べるべし。
本店をはじめとして、何軒か支店があるが、初夏から秋口に掛けて、特におすすめしたいのは木屋町店。鴨川の見える川床席があるからである。川床席は人気が高いので、無論のこと予約は必須。川風に吹かれながら、夜空を見上げてのすき焼は、至福の時間。オイル焼きや、しゃぶしゃぶなどもメニューに載るが、まずはすき焼。仲居さんが焼いてくれるプロの味を堪能する。
鉄鍋に牛脂を塗り、ザラメ糖をパラパラと撒く。ザラメが溶けはじめたら肉を投入。ここですでに芳ばしい香りが鍋から立ち上る。
肉の色が変わる寸前に割り下を注ぎ入れ、薄く焼き色がついたら、うつわに取り、玉子をからめて食べる。これを食べて幸せを感じない者など居ない筈だ。最初の一枚はまさしく、すき焼。そして次の肉は、すき煮といいたくなるような、旨みが染み込んだ味わい。熟達のプロならではのすき焼を堪能し、鴨川の流れに目を遣る。なんともぜいたくなひととき。
すき焼 松コース
肉150g(一人前)
自社で肥育した和牛や厳選した黒毛和牛を枝肉から1頭で仕入れる。松コースは、ロースと赤身肉の盛り合わせ。
野菜
シャキシャキの九条ネギや春菊、玉ネギ、ゴボウをたっぷりと。京都の老舗「麩太」の京麩もすき焼に最適!
これもオススメ!
ステーキ重
テイクアウト専用の弁当。黒毛和牛のロースを自家製の醤油ベースダレに浸し、ゴマで風味づけ(サ別)
黒毛和牛あぶり寿司
生でもいただけるクオリティのロース・イチボ、みすじを軽く炙って酢飯と合わせた贅沢な寿司。わさび、山椒、梅肉を添えて。
モリタ屋木屋町店
住所|京都市中京区木屋町三条上ル上大阪町531
Tel|075-231-5118
営業時間|11:30〜15:30(L.O.14:30)、17:00〜23:00(L.O.22:00)、土・日曜、祝日11:30〜23:00(L.O.22:00)
※ランチメニューは〜14:30
定休日|12月31日、1月1日
京都を代表する焼肉店のひとつ
「天壇祇園本店」
京都には焼肉専門店がたくさんある。通好みの店から、食べ放題を売りにする店、質で勝負もあれば、大盛り自慢の店もある。まさに百花繚乱の様を呈しているが、昔からこんなだったわけではない。
僕が大学に入って間無しの頃だから、いまから40年以上も前のこと。当時は地上を走っていた京阪本線。四条駅に停まると何処からともなく、いい匂いが漂ってくる。窓の外を見ると「天」という焼肉店があり、匂いの元はそこらしかった。
それまでにも、韓国風といわれる焼肉店はあるにはあったが、店は横丁の裏にあって、もうもうと煙を上げる、オヤジたちの聖地。京都風にいうカンテキ、つまりは七輪で、タレまみれの肉を焼く。服に染み付いた匂いは、洗濯しても残るほど強烈。当然ながら若造の姿など皆無だった。
それに比して「天」はいかにもオシャレな外観で、これならカップルで行っても大丈夫だろうと思い、彼女を誘って入ってみた。
きっとそんな京都人は多いだろうと思う。京都人同士で焼肉の話になると、必ずこの店があがる。
はじめて食べた本格キムチの、あまりの辛さに目を白黒させた、とか、カルビなる部位をはじめて食べて、その旨さに驚いた、など。「天」で焼肉に目覚めたのは僕だけではない。
店は立派なビルになり、あちこちに支店もできたが、いまも昔も変わらないのはつけダレの味。
無論肉そのものが上質なせいもあるのだろうが、あっさりとして、しかも肉の旨みがたっぷりとのっているせいで、いくらでも食べられる。焼肉とはこんなに旨いものなのか。多くの京都人がそう思った。京都の焼肉の原点。それは間違いなくこの「天」にある。
天ロースサーロイン
「ロースといえば天」といわれるほど、京都では馴染みの看板メニュー。表を7割焼き裏返したら軽くあぶる程度で。
天ロースリブロイン
サーロインに比べて、ややサシが強め。口の中でとろけるような軟らかな食感と、脂の甘みを堪能できる。
こだわりポイント
黄金のつけダレ
創業時、京都人に合うように考案。牛肉のダシと酢でつくるスープで肉を浸すと脂が落ち、肉の甘みを引き立てる。
プレミアムルームあります!
2011年のリニューアル時に誕生した3階のロイヤルフロア。ダイニングルームや鴨川を望む椅子席など10室の個室がある。
天壇祇園本店
住所|京都市東山区宮川筋1-225
Tel|075-551-4129
営業時間|17:00〜24:00(L.O.23:30)、土・日曜、祝日 11:30〜24:00(L.O.23:30)
※3階ロイヤルフロアは15:00〜17:00クローズタイム。コース料理のL.O.は〜22:00
定休日|なし
https://www.tendan.co.jp/gion/
※現在22:00(L.O. 21:30)までの短縮営業を実施中。
※3階ロイヤルフロアのコース料理ラストオーダーは20:00。
text : Shizue Hanano photo : Shizuyoshi Fukuda, Masaki Tsutsui
Discover Japan TRAVEL 2017年号 特集「プレミアム京都」