FOOD

京都の“ふたつの洋食”って何ですか?
作家 柏井壽が案内する定番の京都

2020.10.19
京都の“ふたつの洋食”って何ですか?<br><small>作家 柏井壽が案内する定番の京都</small>
洋食の店みしな。濃厚な味わいの「ビーフシチュー」は一度食べたら忘れられない人気メニュー。締めにお茶漬けがつく

京都人は実は洋食が大好き。自身も例外に漏れず洋食好きであるという京都在住の作家、柏井壽さんにきくと、京都には2種類の洋食が存在しているといいます。さて、そのこころとは?

選・文=柏井壽
1952年京都生まれ。京都人ならではの目線を活かしたエッセイや旅行紀行文など著書多数。『鴨川食堂』(小学館)といった小説や小誌にて「逸宿逸飯」の連載、『日本百名宿』(光文社新書)といった著書も多数あり、京都はもとより宿の造詣も深い。

和のイメージが強い京都だが、実は洋食天国でもある。京都の街を歩けば、そこかしこで「洋食」の看板に出合う。とりわけ目につくのは、京都に5つある花街界隈だろう。京都の洋食は大きくふたつに分かれるといってもいい。

そのひとつが、花街に育てられてきた、いわば高級洋食店。遊び慣れた旦那衆が、座敷に上る前の芸妓舞妓を伴って繰り出す店。たとえば清水二寧坂の路地に暖簾を上げる「洋食の店みしな」。いまでこそ花街から少し離れた場所にあるが、かつては「つぼさか」という名で、祇園花見小路に店を構えていた。おちょぼ口の舞妓ちゃんでも食べやすいように、とひと口サイズのクリームコロッケをメニューに載せたり、洋食を食べた後、口をさっぱりさせるためにお茶漬けを出したりして、一躍人気店になった。場所が移り、代が替わり、屋号が変わっても、店のあり様は変わらない。

洋食のらくろ。看板メニューの「トルコライスセット」。ひと口大のビフカツがのった、のらくろならではの看板メニュー

厳選された食材を丁寧に調理し、京都の花街にふさわしく、洗練を極めた洋食に仕立て上げる。決して安価とはいえないが、内容、しつらえを考えれば、実に真っ当な価格である。ハレの日の洋食となれば、真っ先にその名が挙がるのが「洋食の店みしな」だ。京都の洋食。

もうひとつは普段使いできる店。住宅街に点在していて、手頃な値段でお腹がふくれ、もちろん美味しい洋食が食べられる店は、いうなれば、ケの日の洋食。その代表ともいえるのが、洛北下鴨、「下鴨神社」のほど近くに店を構える「洋食のらくろ」。こちらは旦那衆や舞妓たちではなく、古くは職人たち、時代が下って学生たち、そして家族客によって、長く育てられてきた店だといってもいいだろう。

3代にわたっての客が少なくないのも、こういう洋食屋さんの特徴。店の看板メニューでもある「トルコライス」が一番人気か。ケチャップライスにカツの卵とじがのり、その上にデミグラスソースがとろりとかかる。ボリューミーながら、あっさりした味わいなので、おじいちゃんから子どもまで、ぺろりと平らげられる。僕のイチオシは洋食スター勢揃いのB定食。ハンバーグ、海老フライ、クリームコロッケ。これで笑顔にならないわけがない。京都の洋食は幸せを呼ぶのである。

 

文=柏井壽
1952年京都生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区で歯科医院開業。一方で、『京都』『日本旅館』『食』をテーマとするエッセイ、小説を執筆。近著に「鴨川食堂おまかせ(小学館文庫)」「京都に行く前に知っておくと得する50の知識(ワニブックス)」がある。

長い間、舞妓さんたちに愛されてきた味
「洋食の店みしな」

多くの人を魅了する伝統の濃厚シチュー「ビーフシチュー」
ソースの味を邪魔しないように、入る野菜はニンジン、筍、きのこなど煮崩れないものばかり。3850円

「洋食の店みしな」の前身は、谷崎潤一郎、大佛次郎、水上勉といった名だたる文化人も足繁く通ったという祇園の洋食店「つぼさか」。

1948年から続いた名店も、時代が平成と変わる頃に惜しまれながら閉店した。しかし、常連客から復活を望む声も多く、「馴染みの方にもう一度来ていただけるお店を」との思いから、住居だった建物を改装し、カウンター10席のみの店として1994年に再オープンした。創業以来、家族で切り盛りしてきた店には、2代目の女将とその息子さんである3代目、この家で生まれ育ったという娘さんの3人が立つ。

かつて五花街の芸妓、舞妓と旦那衆で賑わった店は、二寧坂(二年坂)という場所柄、観光客も訪れる人気店になった。すぐ近くには清水寺があり、日々往来の多い道から少し、小道を入った場所に店は佇んでいる。

コクがあるのにあっさりとした味わいが人気のビーフシチューのソースは、2週間掛けてじっくり煮込んだもの。常連客の中には、最後の締め用に出されたご飯を半分ほどうつわに入れ、ソースとよくからめて食べる人も多いとか。残りのご飯は、茎わかめの佃煮と自家製のちりめん山椒をのせて、緑茶をたっぷりかけてお茶漬けで楽しめる。漬物も付いており、至れり尽くせりだ。洋食店の締めでお茶漬けをいただけるなんて、京都らしい粋な計らいだ。

カウンターに座り、締めのお茶漬けまでゆっくりと時間を掛けて味わう洋食は、手間ひまを掛けたことが感じられる繊細な味わい。祇園で培われたもてなしの心遣いが感じられる。ハレの日にぜひ楽しみたい洋食だ。

芸舞妓さんが愛する食べやすいひと口サイズ「ひと口カツ」
切り分けてから揚げる牛ヒレステーキ肉のひと口カツ。フルーティな自家製トマトソースとの相性も抜群。4200円
きめ細やかな衣に思わず見とれてしまう「エビフライとカニクリームコロッケ」
大ぶりのシータイガーを使ったエビフライと、繊細な仕事が感じられるカニクリームコロッケのセットも人気。2700円

洋食の店みしな
住所|京都市東山区桝屋町357
Tel|075-551-5561
営業時間|12:00〜14:30(L.O.)予約不可、17:00〜19:30(L.O.)要予約
定休日|水曜、第1・3木曜
(祝日の場合は翌日休。2月は臨時休業あり)

映画俳優や学生、家族に育てられた店
「洋食のらくろ」

スター揃い!!大人の“お子さまランチ”「B定食」
ハンバーグ、エビフライ、カニクリームコロッケと洋食の定番を一度に味わえ、満足感たっぷり。1400円

1934年創業の洋食店「のらくろ」。近くには下鴨神社があり、京都らしい風情が漂いつつも住宅が立ち並ぶエリアに店を構える。当時流行していた人気漫画の名を冠した店は、下宿住まいの学生や、近くにあった松竹京都撮影所で働く映画関係者が大勢訪れていたという。

人気メニューであるB定食はハンバーグに、エビフライとカニクリームコロッケが並ぶボリュームあるメインに、ライスとサラダが付く。サンドイッチ用の食パンを、先代から受け継いだ粗い網目のふるいで細かくしたパン粉を使っているので、フライやコロッケはサクサクの食感。プリプリのエビと、トロトロのクリームコロッケはどこか懐かしい味がする。トルコライスのビフカツの衣はパンの耳を使ったパン粉を使用し、カリッと仕上げている。

トルコライスは、いまも厨房に立つ2代目のご主人が約50年前に考案したものだ。トルコライスといえば、ピラフにナポリタンとトンカツがのった長崎のものが有名だが、のらくろではケチャップライスに半熟オムレツとひと口大のビフカツがのり、デミグラスソースがかかる。ご主人のオリジナルメニューだ。ケチャップを使っているため、「ナポリタンライス」や「イタリアンライス」も当初はメニュー名の候補に挙がったが、語感が一番よい「トルコライス」と名づけられた。ご主人の遊び心が感じられる。

デミグラスやタルタルなどのソースやドレッシングはすべて手づくり。マヨネーズも自家製だ。昔から何ひとつ変わっていない懐かしい味を求めて訪れる常連客も多い。下鴨の閑静な住宅街の中で、世代を超えて愛され続ける温かみを感じる素朴な洋食が揃う。

くいしん坊も満点のボリューム「ポークソテー」
カリッと焼いた豚ロースはボリューム満点の180g。仕上げに醤油をかけ少し焦がすことで、香ばしさをプラス。1550円
約50年来のファンもいる看板メニュー「トルコライスセット」
ケチャップライスに卵3個を使った半熟オムレツ、ひと口ビフカツがのり、特製デミグラスソースがかかる。950円

洋食のらくろ
住所|京都市左京区下鴨宮崎町69
Tel|075-781-2040
営業時間|11:30〜13:45(L.O.)、17:30〜19:30(L.O.)
定休日|火・水曜

ほかにもあります京都洋食の名店

キッチン ゴンの「ピネライス」

870円

チャーハンの上にサクサクのピネカツ、さらにマイルドな風味のカレーがかかった名物メニュー。カツの肉を牛にしたり、ベースをケチャップライスにしたりとアレンジも多彩で、あれこれ試したくなる。

キッチン ゴン
住所|京都市上京区下立売通大宮西入ル浮田町613
Tel|075-801-7563
営業時間|11:00~14:30、17:00~21:30
定休日|水曜

ビフテキ スケロクの「ビフテキセット」

1800円

特注のずっしり重いフライパンで国産牛の旨みをじっくり引き出した主役のステーキ。下に隠れた甘辛い炒めタマネギと白いご飯の相性は抜群だ。

ビフテキ スケロク
住所|京都市北区衣笠高橋町1-26
Tel|075-461-6789
営業時間|11:30〜14:00、17:30〜20:00
定休日|木曜、不定休あり

グリル富久屋の「海老サンドウィッチ」

1780円

京都花街のひとつ宮川町で、舞妓さんたちのオアシスとして愛される店。プリッとしたエビカツをタルタルソースとパンでサンドしたぜいたくな一皿。

グリル富久屋
住所|京都市東山区宮川筋5-341
Tel|075-561-2980
営業時間|12:00〜21:00(L.O.)
定休日|木曜、第3水曜
text : Yasunori Niiya(Arika Inc.) photo : Natsuko Ishikawa

 

作家 柏井壽が案内する定番の京都「肉料理」編

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