高野山の闇夜を歩くと宗教都市の全貌が見えてくる
今年、世界遺産登録15周年を迎える高野山は、いまや世界中から人々が訪れる聖地だ。そこで人気が高まっているのが、幻想的な夜のナイトツアー。高野山のさらなる神秘に触れる時へ。
和歌山県東北部、峰々に囲まれた盆地に広がる高野山。その夜更けは早い。
弘法大師・空海が816年に開創して以来1200年余り。真言密教の根本道場として、世にも稀なる一大聖地に発展した町には現在117カ寺と学校や病院、民家などが点在する。
豊かな緑に囲まれた町は、下界とは明らかに異なる空気が漂う。各寺の拝観が終わる夕刻ともなると、通りをゆく人は少なくなり、静けさと神秘性を増していく。
中でもひと際荘厳な空気に包まれるのが、永い禅定(瞑想)に入った空海がいまも生きると信じられる聖域・奥之院だ。一の橋から弘法大師御廟まで約2km続く参道の両脇には、杉木立の中、歴代の高僧から戦国大名や近現代の実業家まで、万基以上の墓や供養塔が建ち並ぶ。
ここを闇夜の中歩き、高野山の魅力に深く触れるのが、奥之院ナイトツアー。2011年にはじまると口コミで評判が広がり、いまや春・夏のシーズンには、3班に分けて案内することもあるという。
「高野山の夜は店がほとんど閉まるので、特に海外からお越しの方は手持ち無沙汰。そこで夜のアクティビティを提供しようとはじめたのが発端です。師匠の恵光院住職が毎月20日、御廟まで参詣者を連れて夜参りしていたこともベースになりました」と教えてくれたのは、奥之院ナイトツアーの代表・田村暢啓さん。
恵光院で海外ゲストの応対を担っていた田村さん、「多くの石像に赤布が掛かっているのはなぜ?」、「墓の入り口の門みたいなのは何?」といった彼らの素朴な疑問を解消したいという思いもツアー開始を後押しした。地蔵や鳥居の意味など、奥之院の案内を通じて、日本文化の理解を促していきたいという。
樹齢数百年の杉が生える森に、多くの動植物が生息する奥之院。歩いていると時折、ムササビの声も聞こえてくる。灯籠の明かりが頼りの参道に夏は蛍が現れることも。
「高野山自体が非日常の空間ですが、夜の奥之院はさらに独特の雰囲気です」。この体験が忘れ難く海を越えてやってくるリピーターも。
現在、参加者の約6割が海外客のため、英語班と日本語班に分かれて歩くことも多い。田村さんをはじめガイドは全員、研修を重ねた金剛峯寺境内案内人有資格者で、高野山に暮らす僧侶ならではの視点の案内がうれしい。
おびただしい墓が建ち並ぶ中、戦国武将が相対して建つことも。上杉謙信と武田信玄の墓は参道を挟んで向かい合う。さながら川中島の戦いですね」。
約1時間の行程では「高野山の七不思議」の逸話も披露される。「姿見の井戸のそばに立ち、顔が映らなければその人は3年以内に亡くなるといった言い伝えも。理由は諸説あるそうです。ちなみにナイトツアーでは暗いので近寄りません」。
ユーモアを交えながら見どころ・感じどころを随所で解説してくれるツアーで、欠かさず伝えたいのは弘法大師・空海の存在とその教えだという。
「灯籠にもかたどられる『月』は、人間の心のかたちに似ているとお大師さんはおっしゃったそうです。本来は明るく丸く透き通っているが、ときに雲がかりかたちが欠けてしまう。そうした自分の心に気づく大切さを説いてくださっている。お大師さんあっての高野山。その教えによって1000年以上守られてきたここで、お大師さんの存在をぜひ身近に感じていただきたいですね」。
さらに田村さんが勧めるのは、日中の奥之院も歩くこと。「夜とはまた趣が違っておもしろいですよ。両方を知れば、より深く高野山の魅力が感じられます」。
ことに早朝、空海に捧げられる食事「生身供」が深閑とした空気の中燈籠堂まで厳かに運ばれる様子は、一幅の絵画のよう。爽やかな朝の勤行をはじめ各寺院で体験できるひとときの“修行”も、高野山の夜を知り、過ごす者の特権だ。
日程:毎日19時~ ※荒天時中止のため要確認
料金:2500円(オンライン予約2300円)
場所:奥之院参道(恵光院集合→奥之院・御廟→御供所にて解散 行程は片道約2km)
住所:和歌山県伊都郡高野町高野山497
問:高野山奥之院ナイトツアー予約受付
Tel:090-2106-1146
https://awesome-tours.jp
2019年7月号 特集「うまいビールはどこにある?」
文=永野 香(アリカ) 写真=滝川一真
《空海の聖地を訪ねる。》
1|真言密教はじまりの地「東寺」
2|「大日如来と薬師如来」を比較で知る密教の個性
3|秘境の宗教都市「高野山」が生まれた理由
4|修行の場を曼荼羅化した「壇上伽藍」
5|入定した空海が生き続ける「奥之院」