シンスケ 湯島/居酒屋【後編】
《粋に呑みたい江戸の酒》
昔もいまも、酒は浮世の憂いを払い、心をゆるめるためにもいいものだ。そして酒は粋に呑みたいもの。東京・下町には、江戸の流れをくむ呑み方がある。酒場に通うマッキー牧元さん、江戸料理家のうすいはなこさんが愛する粋な店とは。
1805年に酒屋として創業し、関東大震災後に居酒屋に転向して間もなく100年。当代の矢部直治さんが30歳で店を継いだとき、ここは湯島天神のお膝元ということをあらためて意識したという。江戸のルーツがあり講談高座発祥の地。花街の残り香がある。店には昔から息づく雰囲気が流れている。
「シンスケは盛りつけに心が込められている」とはマッキーさん。「ご主人いわく、ここは料理屋ではなく居酒屋。いわば銭湯を目指しているそうです。余計なことや華美なことはせず、庶民の心に寄り添う。でもきちんと整っているというのが大事で、それは江戸っ子の心意気に通じると思います」
仕事場と自宅の中間にあって、銭湯が身体をさっぱりさせる場所だとしたら、居酒屋はゆっくりと心をゆるめる場所だと矢部さん。湯島には落語の寄席がたくさんあって、昼の公演が終わるのが15時半頃。その流れで一杯呑みたいという方たちのために、店の開店時間を16時に繰り上げたという。
酒は、酒屋時代からのご縁で秋田の「両関」ひと筋。秋風が吹くと樽酒が入り、「樽酒は精神のもみほぐし方が違う」と言うマッキーさんのような酒好きが集う。昭和の初め頃、酒の量をごまかして売る居酒屋が増える中、まっとうに酒を量り売るべきだと、店名に「正一合の店」と添えた。
「シンスケは何を食べても美味しい」とうすいさんが絶賛する肴は、この地で昔から食べ継がれてきた料理をブラッシュアップさせたもの。加えて、お客とのコミュニケーションから生まれたメニューもある。場所柄、外国人客も多く、スイス人が土産にと持ってきたチーズを油揚げに挟んだ「きつねラクレット」、カボチャの食感が苦手だというアメリカ人とのやり取りから「かぼちゃのゴマ和え」などが生まれた。
シンスケの肴は一見そっけないが、実は香りや温度、テクスチャー、盛りつけに工夫を凝らし、丁寧な仕事の積み重ねで成り立っている。そんな心意気が、今日も呑んべえたちの足を向かわせる。
<古くて新しい、シンスケの肴10選>
江戸が東京に変わっても食べ続けられている食材や家庭の味を、新しい解釈で再構築。そのどれを取っても決して前に出ず、静かに酒に寄り添う。
酒お品書き
【ビール】
キリン、サッポロ、ギネス 中瓶750円
【日本酒】
両関 本醸造、純米 1合660円
両関 大吟醸(シンスケ特注醸造)半合880円
両関 たる酒(10〜5月)1合715円
【ほか】
梅酒ロック グラス660円
読了ライン
正一合の店 シンスケ
住所|東京都文京区湯島3-31-5
Tel|03-3832-0469
営業時間|16:00〜20:30
定休日|日曜、祝日
www.shinsuketokyo.com
≫次の記事を読む
text: Yukie Masumoto photo: Kenji Itano
Discover Japan 2023年1月号「酒と肴のほろ酔い旅へ」