「九平次」の挑戦
日本酒を進化させるヒントは、フランスにあり!
江戸時代から続く老舗酒蔵の15代目でありながら、業界でいち早くを手がけた開拓者、「九平次」。さらに、新たな日本酒造りのヒントを得ようと、フランスでのワイン醸造や米作りに着手した革命児でもある。そんな九平次の挑戦の歩みを全4回に渡って追った《日本酒界の開拓者「九平次」の挑戦》の初回。
朝、杉製の甑(=米を蒸すための道具)で蒸された酒米を、2人の蔵人が巨大なしゃもじを使って掘り上げていく。半透明に輝く美しい米から立ち上がる湯気には、蒸米の甘い香りに爽やかな杉の香が混じり、蔵中が清廉な空気で満たされていくようだった。
「私が継いだばかりのころは、蔵は機械だらけでしたし、甑も木製ではありませんでした。でも、昔ながらの杉の甑で米を蒸かすと、中までベチャベチャにならずにふっくらと仕上げることができるんです」
隅から隅まで、きれいに片づけられた酒蔵でこう話すのは、醸造家の久野九平治さん。名古屋市大高町で、江戸時代から続く老舗酒蔵「萬乗醸造」の15代目だ。
久野さんは「1980年代をピークとして日本酒の消費量は年々、減り続けています。現在ではピーク時の3分の1程度、全アルコール飲料の1割にも満たず、“日本酒離れ”が進んでいるのが現状です」と解説。こうした日本酒業界の現状を「お客様の声や“米の息吹”に耳を傾けず、利己的に安価で機械的な大量生産を積み重ねてきたツケ」と分析する。
そこで萬乗醸造では、大量生産型の「昭和のプロダクト」を刷新し、手づくり農家的な日本酒造りに戻すことで再出発を図った。こうして1997年に生まれたのが「醸し人九平次」だ。そして、その数年後の2002年には、吟醸・大吟醸酒だけを専門につくる酒蔵として舵をきった。
「この頃から、21世紀を生きる今の皆さんに、日本酒に振り向いてもらいたい……という気持ちがわいてきました」と久野さんは振り返る。そのためにどうすれば良いのか? 思案を続ける中、縁あってパリのホテルで開かれたイベントに自身の日本酒を持って参加。そこで出会ったフランス人に「あなたのお酒は手づくりの味がする。ワインも最終的にこうしたものが選ばれている」と言われたことが、次なる転機となった。
「私にとって最高の褒め言葉でした。ワインと日本酒、ジャンルは違うお酒ですが、こうした感覚で飲んでもらえるのならば、日本酒はフランスでも受け入れられるのではないか。また、それが日本酒のあり方や価値を再認識するきっかけとなり、新しいマーケットと共に、日本にフィードバックできるのではないかと考えました」と久野さんは話す。
そして、このときの久野さんのひらめきが、「米を自ら育てる」という「九平次」の新しい取り組みにつながって行く――。
文=本間朋子 写真=内藤貞保
2018年1月号 特集「ニッポンの酒 最前線!」