「九平次」の挑戦
米から育てる酒造り
「田んぼを知らずして、日本酒を語っていいものか」そう自問し続けてたどり着いた、米から育てる日本酒造り。全4回の《日本酒界の開拓者「九平次」の挑戦》の2回目の今回は、日本酒界の開拓者「九平次」のそのドラマの裏側に迫った。
「日本酒の価値を上げる」という志のもと、パリのフランス料理店やワイン販売店、ホテルなどで日本酒の営業活動を行っていた久野さんは、あるとき、気が付いた。
ワインには“ビッグビンテージ”という言葉があるように、毎年収穫されるブドウの良し悪しに注目が集まる。原材料のブドウの生育をリアルに見つめ、醸した酒がワインだ。同じ醸造酒の日本酒の主原料は米。その息吹を知らずして、飲み手の信任が得られるわけがない――。
「ブルゴーニュワインの輸出額は年間約1兆円。一方、日本酒の輸出額は年間約150億円です。この価値の差を埋めるには、ワインと同様に日本酒の造り手が、田んぼから情報発信しなければならないと思ったのです」と久野さん。
こうして2010年、「九平次」は兵庫県西脇市黒田庄町で、自らの手で酒米を育てるプロジェクトをスタートさせた。
「これまで米を育てるのは農家で、酒蔵はそれを買い上げて日本酒を造る。両者にはどこか溝があったように思います。でも、田んぼを知らずして日本酒を語ってよいものか? との自問もありました。そこでこの溝を埋めるべく、農家やJAの協力を得ながら米づくりに取り組んでいます」(久野さん)
2011年には、自社栽培米のみで醸した「黒田庄に生まれて、」を初リリース。3年後の2013年には、黒田庄地区の田んぼを譲り受ける打診を受けた。翌年、農業法人を立ち上げ、現在で約1haの自社田を所有し、酒米「山田錦」の栽培に励んでいる。
「2010年は猛暑でした。米は花が咲いた後、28℃以上の高温が2週間続くと熟してくれないんです。なので、この年の日本酒はスレンダーな味わいに仕上がっています。一方、2014年は理想的な気候で、ふっくらと中身の詰まった“熟した米”が収穫できました。このため、’14年ビンテージはグラマラスで余韻の長い日本酒ができました」と久野さん。
「自分たちで米を育てることで、ビンテージやテロワールなど、田んぼでしか感じられない感覚を吸収しています。この“田んぼのドラマ”をお届けするのが、これからの蔵元の役割だと思うのです」
栽培・醸造・瓶詰を一貫して蔵元が行うのが“ドメーヌ”。「九平次」は日本酒のドメーヌとして、先陣をきって走り続けている。
文=本間朋子 写真=内藤貞保
2018年1月号 特集「ニッポンの酒 最前線!」