《四国村ミウゼアム×アーティスト》
画家・猪熊弦一郎がエールを贈った芸術村

緑に包まれた道を進むにつれ、変化に富んだ眺めが目に入る。たとえば石畳の先の東屋には亀のようなオブジェが出現。不思議と周囲と馴染んでいる。そう、ここ四国村ミウゼアムは、多彩なアートが息づいている空間でもあるのだ。香川が生み出した画家・猪熊弦一郎が心から応援したミウゼアムの魅力とは?
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多士済々が心を寄せ
つくり上げた無類の芸術村
2019年から瀬戸内国際芸術祭の会場のひとつにもなっている、四国村ミウゼアム。古民家やかずら橋といった懐かしさが漂うロケーションに、現代美術作品が佇む展示が注目を集めている。しかし実は、四国村とアーティストとのかかわりの歴史はさらに長い。
1976(昭和51)年の開村式には建築史家・伊藤ていじをはじめ、彫刻家の流政之、画家の猪熊弦一郎、作家・僧侶の瀬戸内寂聴(晴美)などそうそうたる芸術家が集った。流と30年来の知己だった瀬戸内寂聴は当時、天台宗律師になって数年で、流が手づから彫った石仏の開眼供養を行った。彼らは、その後もたびたび四国村を訪れて交流したという。

中でも世界各地で作品を発表する一方、香川県の庵治にアトリエを構えた流は、四国村創設者の加藤達雄と親交があり、開設に深く携わった。二人はしばしば意見を交わし、その中で四国村のシンボルともいえる「流れ坂」や「染が滝」が生まれ、流の作品の数々が四国村を特徴づけるエッセンスとなっていく。その流がニューヨーク滞在中に親しくした猪熊弦一郎、そしてイサム・ノグチも四国村を訪れた。ノグチの制作パートナーで香川県出身の石彫家・和泉正敏も、四国村の農村歌舞伎舞台の桟敷席と周囲の石積みを制作するなど、その造形にかかわっている。

四国村誕生のきっかけとなったうどん店「わら家」は、やはり香川県出身の画家で讃岐民芸館の初代館長も務めた和田邦坊が内装などを手掛けた。いまも使われている土産品の包装紙も邦坊によるデザインだ。またわら家の椅子やテーブルはいまや香川を代表する家具工房・桜製作所によるもの。エントランスの大看板「四国村」の文字は書家で、当時香川の多くの文化施設で書が採用されていた藤原鶴来の揮毫だ。
2002(平成14)年には安藤忠雄氏設計の「四国村ギャラリー」が誕生。美術蒐集家でもあった創設者・加藤のコレクション約1000点を収蔵・公開している。
日本の原風景ともいえる里山に古今東西の美が集う一大芸術村、それが四国村ミウゼアムなのだ。
香川が生み出した巨匠が
心から応援したミウゼアム

写真提供=四国村ミウゼアム
三越の包装紙「華ひらく」をはじめ多彩なデザインワークでも知られる画家・猪熊弦一郎。パリ・ニューヨーク・東京・ハワイと世界各地を拠点に活躍し、彫刻家・流政之を通じて、四国村創設者の加藤達雄と親交を結んだ。
香川県出身の猪熊は、「幼い頃の思い出がそのまま」の四国村が現れたことを心から喜び、たびたび足を運んで『生きている四国村』という文章を残している。「山の斜面に段々と、並び建てられた一つ一つのわら屋根の家は、まったく美事に出来上がっており、そのものずばりの本物ばかりだからどの建物を見ても作り事ではなく、私達の幼い頃は、いたる所にあのとうりの家が建っていたのであるから、懐かしさは一層である」。

また猪熊は茅葺き屋根のエッジを厚く端正に切り立て見事な造形美をつくり出した職人の仕事にも感嘆し、彼らを見つけた加藤の苦労もねぎらった。そして「大きな野外の建築ミウゼアムよ、がんばってくれ」とエールを送った。
2022年にあらためられた愛称「四国村ミウゼアム」はこの言葉を元につけられたもの。イサム・ノグチはじめ多くの友人を案内した猪熊は1993年に世を去ったが、彼が愛したオリーブの木が新たな歩みを見守っている。
一つ一つが、今も息をしている。なでてやりたくなる。
これ等の木に「よく、永く、生きていたね」「いい人に救われたね」と言いたくなる。
これで老齢を又一廻りも二廻りも、永生きさせる事が出来る。
そして違った場所からやって来たこれ等の家達が、
仲良く当時の若かりし日の事を語りあっているかに見える。
どこもかしこも手作りのこれら等の芸術作品をよく見ている間に、
人間の本源に探り当たる様な気がする。
私は又ゆっくりその後の安定した姿を拝見しに行かねばならぬ。
大きな野外の建築ミウゼアムよ。がんばってくれ。
出典:猪熊弦一郎「生ている四国村」『民家の博物館 四国村』(四国民家博物)
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現代にも続くアーティストの活動
瀬戸内国際芸術祭の参加アーティストが
新しい物語を続々と紡ぐ

(左上)「うどん狐」 、(右上)「なでうさぎ」 、(左下)「ご隠居猿」 、(右下)「雨降使(アメフラシ)」
四国村は2019年から瀬戸内国際芸術祭に参加している。芸術祭の一環として開かれた四国村ギャラリーの「猪熊弦一郎」展に加え、東京藝術大学とシカゴ美術館附属美術大学の共同プロジェクトとして国内外のアーティストによる作品計23点を村内に展示。また、かずら橋が架かる池に浮かんだラム・カツィールの「Suitcase in a Bottle」は大きな話題となった。
2022年には「Suitcase in a Bottle」が砂糖しめ小屋に展示され、川添善行氏設計の新エントランス棟「おやねさん」や本山ひろこ氏の「装う神様」シリーズの鋳造作品6点なども登場した。本山作品4点は現在も村内に残され、四国村ミウゼアムの新たなアートとして息づいている。
瀬戸内国際芸術祭2025にあわせて
猪熊弦一郎の企画展を開催!

瀬戸内国際芸術祭2025の春夏秋の3会期に合わせて、企画展「猪熊弦一郎 Form, People, Living 身の回りにある、秘密と美しさ」を開催。猪熊さんの創造活動の根底にあったであろう「身の回りにある、秘密と美しさ」をキーワードに、春はForm(形)、夏はPeople(人)、秋はLiving(住)を切り口とした内容になっている。それぞれの会期中にしか出会えない作品の組み合わせを四国村ギャラリーで楽しんでみては。
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01|四国村ミウゼアムとは?
02|さぬきうどんの店《わら家》
03|エントランス棟《おやねさん》
04|香川の産業と暮らしを支えた《砂糖しめ小屋》 前編
05|香川の産業と暮らしを支えた《砂糖しめ小屋》 後編
06|《画家・猪熊弦一郎》がエールを贈った芸術村
07|《彫刻家・流政之》が創造した村の音
08|《建築家・安藤忠雄》光と水のギャラリー
text: Kaori Nagano photo: Mariko Taya , Shingo Nitta
2024年7月号増刊「香川」