唐津焼と茶を愛でる
「唐津やきもん祭り」
佐賀県唐津市で作られる唐津焼は、お茶の世界において、「一楽、二萩、三唐津」といわれ、日本のやきものの中でトップ3に入る。その魅力は安土桃山時代のお茶文化とともに普及し、いまに伝えられている。そんなやきものとお茶を愛するすべての人へ向けた、初心者大歓迎の祭りとは……?
陶とお茶の文化が息づくまち、唐津
佐賀県唐津市はやきもの、唐津焼の町、言わずと知れた「陶の都」である。唐津焼は豊臣秀吉による朝鮮侵攻、所謂「文禄慶長の役」時に朝鮮半島各地から連れて来られた人々が創り出したやきものだ。彼の地をおさめた秀吉恩顧の茶人大名、寺沢広高が唐津焼を全国に普及させ、町は潤った。同時にお茶の文化がまちに浸透し、度重なる領主交替を経ても町衆はそれを綿々と受け継いだ。
お茶の世界には茶碗の格付けというものがある。「一楽、二萩、三唐津」。唐津焼は数ある日本のやきものの中でトップ3にランクインしている。美しい城下町、唐津は、安土桃山時代からストーリーが紡がれている「お茶文化の都」でもあるのだ。
そんなやきもののまち、唐津に玄界灘からの風が軽やかに吹き込むゴールデンウィークに「唐津やきもん祭り」が催されている。祭りは今年で8回を数える。期間中のまちはやきもの一色。そこかしこで様々なイベントが行われ、訪れる人々は唐津焼の作家達とやきもの談議をしたり、唐津焼のぐいのみで昼酒を楽しんだり…人でごったがえす有田の陶器市とは趣を異にする、唐津らしい丁寧なおもてなしがこの催しを魅力的にしている。
まずはお茶の世界に触れてみよう
なかでも明治の実業家、大島小太郎の旧宅で行われる「唐津やきもん祭り茶会」は、首都圏や京阪神より予約が殺到し、あっという間に満席になってしまう人気イベント。旧き良き時代の空気を色濃く遺す邸宅を存分に使う、贅沢なお茶会だ。
「お茶のマナーは知らずとも身一つでお越しください。まずはお茶の世界に触れてほしいのです」
そんなご亭主の想いを唐津のお茶人たちが流派を越え、笑顔でサポートしている、リアルに“素人さん全然オーケーなお茶会”なのだ。一方、敷居は低いが茶事自体は超のつく本格派。唐津焼の人気作家の作品はもちろんのこと、安土桃山時代の古唐津や李王朝時代などの器でお茶や料理が共される。こんなお茶会がニッポンのどこにあるだろうか……? いや、日本ではここだけ、といっても過言ではないだろう。人気の理由がうなずける。お茶文化が色濃く遺る、唐津だからこそできるもてなしがここにある。
茶会の亭主を務めているのは、唐津焼をこよなく愛する神戸・光明寺の住職・山西昭義さん。「たこ焼き茶会」や「イタリアン茶席」など、山西さんが行う催事は茶道界だけではなく地元でも話題を集め、お茶の魅力を広めている。
唐津焼との出合い
山西さんが唐津焼を好きになったきっかけは、1995年のこと。阪神・淡路大震災に見舞われ、家屋の下敷きになり生死の境をさまよった。震災では姉と姪を亡くし、それ以来、がれきにまみれた際に嗅いだ土のにおいがトラウマとなり、土を原料としたもの=やきものを見るだけで、山西さんは苦しみもがいた。震災数年後、備前焼に触れる機会があり、友人の誘いにいやいや参加した山西さんだったが、岡山県備前市の窯元を巡るうちに、なぜかそれまでのトラウマが嘘のように消え去り、逆にやきものに癒されている自分に気づいた。
それを機にやきものを買い求めるようになり、「備前のとっくり、唐津のぐいのみ」という数奇者のことわざにいざなわれ、ごく自然に唐津焼に行きついた。「唐津焼の魅力は野太く、凛とした土味だ」と山西さんは語る。またその興味は朝鮮半島のやきものにも広がり、「避けられず…(笑)」に、とお茶の道に入り、日々茶事にいそしんでいた。
転機はたまたま訪れた唐津やきもん祭り。そこで現地の作陶家や料理人とつながりが生まれ、翌年、熊本地震のチャリティ茶席を設けたところ評判を呼び、やきもん祭りの恒例催事になり今にいたっている。
「唐津やきもん祭り茶会」は山西さんをはじめ、それに関わる人々、唐津の茶人はもちろん唐津焼作家、料理人によって企画が練られている。改元の今年、茶会のテーマに「民藝から茶の湯へ」を掲げた。安土桃山時代の茶人達がいかにして唐津焼をはじめ朝鮮半島や日本各地の民藝から茶器を見立て、茶席に採りあげたか、を感じてもらう……。 そんなテーマで茶会は行なわれた。
3つの席で愉しむ
まずは木々の緑が美しい、東屋での茶会がスタート。長崎県島原市、妙行寺の住職・三隅智城さんによる李王朝時代の茶器や、朝鮮半島の茶菓子による法話とおもてなし。昭和の民芸運動を牽引した柳宗悦ら先人たちの事績やうつわ、そして軸にまつわるストーリーを軽やかに語り、客がそれに応え興じる。「このお菓子はなんですか?」といった問いから「この李朝茶碗の年代はいつ?」といったマニアックな質問まで飛び交い場は心安く、茶道への理解はなくとも通じ合える空気があった。
次に懐石。場を東屋から母屋にうつし、唐津で話題の料理店、日本料理「ひら田」による、地の食材をふんだんに使ったおもてなし。目も舌も魅了され、客同士の会話も弾み、良きタイミングで共される地酒の万齢が更に場をとろけさせる。もちろんうつわはすべて旬な唐津焼作家のものであり、お客たちはそれらを手にとり感じ、味わい、何よりその使い良さを堪能したようだ。
そしていよいよ抹茶をいただく茶室へ。大島小太郎由来の茶室は古色ゆかしく。軸と花の見事な室礼に目を奪われていると、静かに亭主の山西さんと唐津焼作家の藤ノ木土平さんが入座し、お茶をいただく席がはじまった。
まずは特注の菓子がもてなす。その後、今回のお茶会のテーマに沿った朝鮮半島の古いうつわ、李王朝時代の熊川(こもがい)茶碗でお茶を喫する、という粋なはからい。藤ノ木さんの見事な手さばきによる丁寧に練られた濃茶は、香味高く、またクリーミー。
次に薄茶。供された菓子はなんと、せんべいだ。唐津焼のレジェンドである14代中里太郎右衛門さんと、地元の菓子店「鶴丸」のコラボによる「陶片せんべい」。その絵柄は安土桃山に焼かれた古唐津の絵柄を模したもの。しかもこの茶会で使用する、山西さん所有の絵唐津茶碗と同じ絵が描かれた特注品。お客は先にせんべいを選ぶように促された後、せんべいと同じ絵柄のお茶碗、しかも古唐津の茶碗が目の前に現れ、お茶をいただくことができるという秀逸なおもてなしの妙。これで場が盛り上がらないはずがない。
お茶を喫した後に道具拝見と相なった。亭主の解説に、「茶道とはこんなにも楽しく、心豊かになるものなのだ」と客たちは思いを新たにしたに違いない。緊張は微塵もなく、ひたすらに心安らぎ、満ちていく……。 「唐津やきもん祭り茶会」という素敵な催事が、人を惹き付ける意味がしっかりと理解することが出来た。
唐津市から日本文化を発信!
東京2020オリンピック・パラリンピック開催を控えた、来年のゴールデンウィークにも「唐津やきもん祭り茶会」は行われる予定だ。それは世界にむけての、日本文化発信として大きな意味を持つことになる。山西さんをはじめ、関わる皆さんが編み上げる茶会はポテンシャルの高い体験型コンテンツとして、さらに重い役割を果たすことになるだろう。
▽唐津やきもん祭り
http://karatsu-yakimon.com/
文=村多正俊 / 写真=藤本幸一郎