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香川・豊島のアートと食が融合する島旅
トーストアーティスト 佐々木愛実

2022.8.16
香川・豊島のアートと食が融合する島旅<br><small>トーストアーティスト 佐々木愛実</small>

いまからワクワクが止まらない夏の旅計画。日頃から全国各地を拠点に活躍中の気になるアーティスト9人にも、この夏、旅に出るならどこへ? とうかがってみました。今回は、国内外から注目を集めるトーストアーティスト、佐々木愛実さんに、夏旅スケジュールを伝授してもらいました!

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〈お話をうかがった方〉
佐々木愛実(
ささき・まなみ)
アーティスト、デザイナー。トーストをキャンバスに青果物の魅力を表現する。ピカソや浮世絵などの美術作品から枯山水庭園や映画ポスターまで、多彩なモチーフを“食材らしさ”と組み合わせ、国内外から注目を集める

トーストをつくりたくなる
アートと美食の島

豊島美術館 内藤 礼『母型』2010年 設計=西沢立衛 写真=鈴木研一

島は、断然一人旅がいい。フェリーの強い海風に当たりながら、近づいてくる島を眺める。島に着いたら、レンタサイクルで「①豊島美術館」へ向かう。美術館の入り口手前にある坂道のカーブは、訪れるたびに心が躍る。この坂道は、私の感覚を研ぎ澄ませる“旅の扉”のような存在だから。坂道の先に広がる海、左には棚田、そして右に見えてくる豊島美術館の白いドーム。自転車のペダルから両足を放り出し、空気をいっぱいに吸い込み、生き生きとした風を切りながら坂を駆け下りていく。自分の身体と心が、豊島に溶けはじめる。物理的には見えないけれど、確かにそこにあるもの。あいまいで美しい存在を見つめられる土地、豊島。 

はじめて豊島に訪れたのは、大学時代のゼミ旅行。直島と豊島のアートをめぐる旅だった。豊かな自然と作品に触れて、忙しさに凝り固まっていた心がゆっくり溶けていく。まるで、狂っていた時計のスピードを少しずつ直すように。あるいは、凍って冷たくなった手をぬるま湯に浸けて、鈍った感覚を解いていくように。この島は、本来の自分を丁寧に取り戻してくれる、薬のような場所だ。

豊島は、ランチもいい。美術館から10分ほど歩くと「②島キッチン」がある。集落の空き家を建築家・安部良さんが設計し、地元の職人や全国のボランティアの方々によってつくられた憩いの場。豊島産食材でつくられた独創的なメニューには、美味しさだけでなく驚きがある。サラダにのった大きなイチジクは、果肉が豊かで贅沢な食感だった。食材のもつ美しさに目を見張って、食べ終えるのが惜しくて、なかなか次のひと口に進めなかった。

次に豊島を旅するときは、現地の食材で朝食のトーストをつくりたい。私のトーストづくりはいつも、食材の観察からはじまる。同じ種類の食材でも、ひとつとして同じものはないと実感し、食材がもつ土地の記憶を追体験する。観察をしていくと、目の前の食材は、単なる“食べ物”ではなく、“静かな生き物”として私の前に佇んでいることに気づく。

同様に豊島も、単なる“土地”ではなく、“静かな生き物”として、その「存在」が佇んでいる。海風が混じる朝の空気の中、野菜に付いている土や、果物の断面からあふれる水滴に触れる。島の食材を愛でて、見えてきた直感でナイフを入れれば、その断面から食材の新しい魅力があらわになる。食材を見るとき、味わうとき、私は全身でその「存在」を体感している。トーストをつくるとき、私は、私自身がその土地や食材に溶け合う瞬間を探している。美術館への坂を駆け下りて、身体と心が豊島に溶け合うように、豊島でのトーストづくりは、きっと、新しい私の「存在」との出合いになる。物理的には見えないけれど確かにそこにある、豊島のすべてを感じて。

豊島は、雨を願う唯一の旅先でもある。小高い丘に建設された豊島美術館には、アーティスト・内藤礼さんの『母型』のみが展示されている。観賞体験は、『母型』に行き着くまでの遊歩道からすでにはじまっていて、美術館そのものがひとつの作品になっている。『母型』は、時間帯や天気によってまったく別の姿を見せる。去年の豊島旅では、朝一番で豊島美術館を鑑賞した後に、昼食を楽しんでいたら、朝の快晴から天気が急変した。バケツをひっくり返したような雨の中、自転車を漕ぎ、道中「そのうちやむから待ちな!」と地元の方々に声を掛けられながら、豊島美術館へUターンした。再入館をして、豪雨のうちに『母型』を見た。『母型』の天井に切り取られた空、リボンをなでる風、足元から伝わる温度、転がる水滴、音の響き、自然たちの気配。それらすべてが、自分という存在の輪郭を、静かに浮き彫りにする。

物理的に見えないけれど、確かにそこにある“何か”。芸術は、単純な“観賞”の対象ではない。トーストが、食材と自分自身の「存在」が溶け合ったかたちであるように、作品を見つめて感じる“何か”には、作品と自分自身が溶け合い生まれた「存在」がある。五感がなくても、たとえ身体が消滅したとしても、私は『母型』の中で、自分の「存在」と向き合うだろう。

旅のスケジュール

Data
①豊島美術館
住所|香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃607
Tel|0879-68-3555
開館時間|10:00〜17:00 (11月〜2月は〜16:00) ※入館は閉館の30分前まで
定休日|火曜(祝日の場合は翌日休)
入館料|1570円 ※オンラインによる日時指定予約制。当日に限り再入館可能
https://benesse-artsite.jp/art/teshima-artmuseum.html

②島キッチン
住所|香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃1061
Tel|0879-68-3771
営業時間|11:00〜16:00(フードL.O.14:00、ドリンクL.O.15:30)
定休日|火〜金曜(月曜が祝日の場合は火曜営業)
www.shimakitchen.com

illustration: Saki Machida
Discover Japan8月号「美味しい夏へ出掛けよう!」

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