TRADITION

勤労感謝の日は国家事業だった?
今年の収穫に感謝する
「勤労感謝の日」の基礎知識

2021.11.25
<small>勤労感謝の日は国家事業だった?</small><br>今年の収穫に感謝する<br>「勤労感謝の日」の基礎知識

いまでは農業だけのお祝いではありませんが、「勤労感謝の日」はもともと農作物、特に米の収穫を祝うお祭りがルーツです。

日本では、長い間米がほかの農作物とは一線を画し、お金と同等、あるいはそれ以上の価値あるものとされてきました。米の収穫高は国の命運を左右するものですらあったため、一年中、折に触れ豊作を祈る行事が行われていました。その結果、無事に収穫を迎えたことを神に感謝する行事は、いわば国家事業ともいうべき案件だったのです。

ルーツは五穀豊穣を祈る天皇家の行事

日本の歴史の中で、例えば足利家がトップに立ち政治を行う室町時代、徳川家がトップの江戸時代というように、時の政府は変わっていくが、その時々のトップは天皇から「関白太政大臣」や「征夷大将軍」などに任命されなければ、正式な国のトップとは認められなかった。国を治めるのは天皇であり、その実務を任されるのが時の政府。つまり実権の有無はともかく、天皇のほうが地位は上という形だ。なぜかと言えば天皇は神の子孫であり、平たく言えば親類である天にいる神々に「人間に災いをもたらさないでください」「幸福を授けてください」とお願いできる存在だから。その中で最も大事なお願いは「米をはじめとする食べ物がたくさんとれるようにしてください」というもの。そのために宮中では一年中、天皇が行う稲の育成に関する祈りの行事が細かく定められており、それは第二次世界大戦後、天皇の人間宣言があったあとも、ずっと行われ続けている。

収穫を神にささげる儀式が行われる日

宮中で行われる収穫祭はふたつあり、一つは10月17日の神嘗祭、もう一つは11月23日の新嘗祭だ。神嘗祭は宮中と伊勢神宮で行われ、その年にとれた作物(新穀)を神にささげて、五穀豊穣に感謝する。

新嘗祭は宮中で天皇が新穀を神にささげるだけでなく、それを神とともに食する行事で、新米を炊き、新米で醸した酒を口にする。神と一緒に食事をするという点が重要な意味を持つ。この行事が新嘗祭という名称でいつから行われるようになったかは定かではないが、「日本書紀」に642年11月16日に新嘗祭のことが書かれているので、そのころにはすでにあった行事とみて間違いない。ちなみに新天皇が即位して初めて行う新嘗祭を大嘗祭といい、これを経て初めて、正式に天子の位を受け継いだ天皇となるとされていたことからも、五穀豊穣を祈ることが、天皇の最重要課題であったことがわかる。

古くは稲を刈り上げた後、神が天皇とともに食する前に、先に新米を口にするのは恐れ多いと、新嘗祭が済むまで収穫したばかりの米を食べることは慎まれていた。

明治維新以降、統一化された行事に

「延喜式」(平安時代に編纂された法令集)に「延喜式に登記された神社では、11月中の卯の日に新嘗祭を行う」と規定されており、そうした神社では古くから新嘗祭が行われていた。そのほかの神社でも、新嘗祭という名前でなかっただけで、秋に収穫を祝う祭りは行われており、これが明治維新以降に神道の国教化が進む中で、公的行事の祭式統一がはかられると、特定の神社に限らず全国各地の神社でも同じ日に新嘗祭として行われるように変化した。これが現在の「勤労感謝の日」の元である。

だが第二次世界大戦後、全国統一の新嘗祭が「勤労感謝の日」と名を変えると、豊年祭りなど従来の呼称に戻っていった。

収穫祭には地方色がある

民間で行われていた収穫祭は、地方によって日にちも違い、名称や風習もまちまち。米そのものよりも、餅や団子を供えるところが多く、それも白いままではなく小豆を添えて供える地方もある。現代でも和菓子屋に並ぶ「亥の子餅」などが、そうしたお供え物の名残。小豆は赤、つまり生命力を表す縁起物で、米という生命を養う食べ物を凝縮した餅とともに、神聖視されていた。そうしたものを神前にささげ、それを下げ渡される形で人間が食べるのは、すなわち神の力にあやかることで、災厄を避け福を授かると考えられていた。

1873年に明治政府の命令で、全国統一の収穫祭として行われるようになった新嘗祭は、第二次世界大戦後に民主化をすすめるGHQの占領政策の一環として、1948年に「勤労感謝の日」と改められました。もともとは農業、特に米作にかかわる行事でしたが、今ではさまざまな人がそれぞれの仕事にいそしんでくれるからこそ平穏な暮らしが営めることに、たがいに感謝する日といったところでしょうか。今年はルーツである食に感謝するという意味を考えながら、地元の産物を食べてみてはいかがでしょう。美味しい幸せを与えてくれた神様に、きっと感謝したくなるはずです。

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ライタープロフィール
湊屋一子(みなとや・いちこ)
大概カイケツ Bricoleur。あえて専門を持たず、ジャンルをまたいで仕事をする執筆者。趣味が高じた落語戯作者であり、江戸庶民文化には特に詳しい。「知らない」とめったに言わない、横町のご隠居的キャラクター。

参考文献=おうち歳時記(朝日新聞出版)、「日本の行事」と「しあわせ」の関係 日本のくらし「基本のき」(メディアパル)、暮らしのならわし十二か月(飛鳥新社)、「旬」の日本文化(角川ソフィア文庫)

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