酉の市っていつ?起源は?熊手の意味って?
「酉の市」の基礎知識
もう一年もだいぶ終わりに近づいたとは思いつつも、まだまだあると油断している11月。街中に「酉の市」の開催を知らせるポスターが貼られると「すわ、年末がやってくる!」という気分になります。酉の市は、11月の「酉の日」に行われますが、酉の日は12日おきに訪れるため、11月に2回、ないしは3回行われます。(ちなみに今年は、11月9日と、21日の2回)。テレビなどで報じられる、来年の幸運を願って熊手を買う人々の姿は、まさに年末らしい雰囲気があって良いものです。酉の市がこのようににぎわうイベントとなったのは江戸時代中期のこと。もともとは秋の収穫を祝い感謝する、農業行事のひとつでした。
午前零時の太鼓で始まる酉の市
昔の暦では十二支の動物が年だけでなく月や日、時刻にも当てはめられていた。11月の酉の日に開かれるのが酉の市。有名なのは浅草の観音様の近くにある大鳥神社の酉の市で、普段は観音様の陰に隠れてあまり参詣人がいないこの神社も、この日ばかりは芋の子を洗うがごとき混雑となる。暦のめぐりあわせで11月に酉の日が2回の年と3回の年があり、3回の年は火事が起きやすいので注意しろという言い伝えがあるが、実際のところに2年に一度の割合で3回の年があるので、あまり根拠のある話ではなさそうだ。
酉の市は真夜中に始まる行事で、一番太鼓と呼ばれる太鼓の音が午前零時に響き渡ると、各店が商いを始めて大いににぎわう。
起源は豊作を祝い祈願する祭り
酉の市の「イチ」は、もともとは「祭り」であり、マツリ→マチ→イチへと訛りが変じたものだという説がある。もともとはものを売り買いする行事ではなく、農村でその年の豊作を神に感謝し、来年の豊作を願う行事だった。鶏は四方を圧倒する鳴き声で朝の到来を告げるが、その力強さと夜明けに鳴くという二つの観点から、神話や民話でも鶏の声が魔を破るモチーフはよく使われる。こうしたこともあって、神の使いとも考えられる鶏にちなんだ酉の祭り=酉の市が生まれたと考えられる。11月の酉の日に大鳥神社に鶏を奉納する祭りが行われ、翌日それを放ったというのが元の形だったそうだ。
こうした動物を放つことで功徳を得ようとする祭りは他にもあり多くは放生会と呼ばれる。春に行われるものも秋に行われるものもあるが、殺生を禁じた仏教の教えに従い、捕まえた小鳥や金魚や亀、うなぎ、貝などを野に放す。
熊手は掃除道具ではない?
酉の市には熊手がつきものだが、この熊手も酉の市が農業の祭りだった名残。熊手は落ちた収穫物をかき集めたりするのに使う農具の一つであり、その「かき集める」という機能から、福をかき集めるという意味に転じて、縁起物のひとつになった。
夫婦が仲睦まじく添い遂げるようにという意味で、結婚式に謡われることが多い「高砂」という能の演目があるが、この登場人物である老夫婦(実は松の精霊)も、熊手(サラエ)を手にしている。これは二人がそれぞれ持っている箒と熊手で場を清める、清浄なるものの場所を作るという用途を表している。神が宿る場所を作る、神具としての熊手だ。
酉の市の熊手の意味に直接関係はないが、源義経の家来で大力無双の武蔵坊弁慶も熊手を持っている。俗に弁慶の七つ道具と言われる武器のひとつで、敵の攻撃を防ぐとともにかき寄せる爪の部分で攻撃したりするものらしい。
熊手を買うには暗黙のルールが……
テレビなどで紹介される酉の市の風景は、おたふくの面や小判、稲穂、お札などが飾られた大きな熊手を商う店がずらりと並び、そこで熊手を買った客と売った店の人、周囲の人が縁起を祝って三本締めをしているシーン。売り買いの際は、言い値で買うのではなく、値段の駆け引きをして負けさせ、その負けさせた分を祝儀として店の者に渡すのが、「値引き交渉=人と人との触れ合いを楽しむ、気の利いた言葉を交わす」「その分を祝儀として渡す=福を値切らない、人にも福を分ける」という意味で、人情味のある気風の良いふるまいとされている。ちなみに通常は、お守りなどの縁起物を買うときに値切ってはいけないとされている。それは願い事を値切る、福を値切ることで、自らの運気を下げる行為だからだ。
江戸時代は、大きな熊手を買うのは遊女屋、茶屋、料理屋、芝居関係者などで、一般的には小さな熊手を買うものだった。買った熊手はなるべく広く遠くから福を書きよせるように高く掲げて持ち帰る、あるいは西の方角を向けて(西方浄土があることから、西を縁起がいいとする説)持ち帰るといった俗説は、少しでも来年の幸福を願う気持ちから生まれたものだ。
今年一年の恵みに感謝し、来年の福を願う酉の市。なるべく大きな福をかき集めたいと、大きな熊手を買いたくなりますが、昨年の熊手より小さい熊手を買うと来年の福が小さくなると言って、前の年と同じあるいはそれ以上大きい熊手を買うのが良いという説もあるのでご注意を! 何年もしないうちに部屋いっぱいの大きさの熊手を買うことに……。小さな熊手を買ってささやかな幸せを願った江戸の庶民に習って、肩の凝らない大きさの熊手を買って高く掲げ、来年をどんな年にしたいかを語らいながら帰るのが、一番楽しい福迎えかもしれません。
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ライタープロフィール
湊屋一子(みなとや・いちこ)
大概カイケツ Bricoleur。あえて専門を持たず、ジャンルをまたいで仕事をする執筆者。趣味が高じた落語戯作者であり、江戸庶民文化には特に詳しい。「知らない」とめったに言わない、横町のご隠居的キャラクター。
参考文献=知っておきたい 日本の年中行事辞典(吉川弘文館)/年中行事読本 日本の四季を愉しむ歳時ごよみ(創元社)/神秘の道具 日本編(新紀元文庫)/日本を知る小事典(教養文庫)/江戸年中行事図聚(中公文庫)