寺田本家の日本酒は、菌と一緒に楽しく造る自然酒【前編】
自然酒造りのパイオニアとして、日本酒好きだけでなく多方面から厚く支持されている寺田本家。自然と生命に寄り添った酒造りの魅力と、菌とありのまま共生する哲学に迫ります。前編では、菌との調和により実現した自然酒の秘密についてご紹介します。
快適な場を整えると
菌が快くバトンタッチする
「ヤ〜レ〜 めでためでたの あ、ヨイヨイ 若松様よ 枝が栄えてヨォ〜 葉も繁る〜」
朝10時30分。約4℃に保たれた空間に伸びやかな歌声が響き渡る。二人一組で背丈より長い櫂棒を使い、ざっざっと米を擦る一定のリズムは、美声も相まって心躍るグルーヴを生む──。
乳酸菌を添加せず、米と麹を手作業ですりつぶす「酛摺り」は生酛造りの要だ。寺田本家では、かつての丹波杜氏の酛摺り唄を歌いながら行う。
「水分量をギリギリにして最初に固形状態を保っていると、いきなり酵母菌が働かず、硝酸還元菌、乳酸菌、酵母菌とうまいこと菌が交代してくれるんです」と教えてくれたのは、24代目蔵元杜氏の寺田優さん。
「前後の準備も含め酛摺りはめちゃめちゃ大変。なんでやるんやろとも思う。歌も最初は恥ずかしかった。でも、この伝統も含めて酒造りなんです。どうせなら楽しんでやったほうが菌も喜んでくれるかなって」
言葉にてらいのない正直者だ。世界でも支持される自然酒は、その〝菌が喜ぶ発酵場〟から生み出されている。
菌との調和の世界
どこよりも早く自然酒造りをはじめ、菌と調和しながら醸し続ける寺田本家が伝えたい発酵文化とは——。
人の役に立つ酒を醸し、
酒蔵の役割を紡いでいく
350余年の歴史をもつ寺田本家が自然酒造りをはじめたのは、いまから35年ほど前。先代の蔵元・寺田啓佐さんは売上最優先で三増酒を量産し、飲食店など多角経営をしていた。長年の不規則な生活習慣や暴飲暴食がたたり、大病を患った後、九死に一生を得て、その「腐敗場」を「発酵場」に変えるべく自然酒造りをはじめた。
世がグルメブームに沸く90年代より開始した無農薬栽培の米造りをはじめ、自然酒を代表する「五人娘」が誕生。さらに全量無農薬・無化学肥料の酒米や人工培養ではない蔵付き酵母、蔵付き麹菌から自家採取・培養した種麹を採用するなど徹底した取り組みは現在も受け継がれている。それは付加価値やトレンドではない。「人の役に立つ自然酒」を造りたいという先代の想いが発酵し、醸成されているのだ。
「先代が言っていたのは、自然の一部である人間も酒も菌の塊。その菌が自然に発酵してできた酒は絶対に人間にいいものになる。だから自然酒を造ることは人の役に立つんだ、と」
その自然酒造りだけでなく、発酵をテーマにした地域イベントや小学校で教える畑からの味噌造り、発酵カフェなど、寺田本家は発酵そのものの楽しさを現代的に発信している。
「昔は庄屋だった酒蔵は、時代時代でハブとしての役割がある。酒蔵があれば地域の農家が米をつくって町が元気になったり、いい循環が生まれる。そういう文化を伝えたいですね」
全量無農薬
2010年より全量無農薬、無化学肥料の酒米を使用。自然酒造りの想いに賛同する15の契約農家と2haの自社田で栽培する。「無農薬、無化学肥料栽培は本当に大変なので、農家の方たちには感謝しかないです」
自家製種麹
蔵付き麹菌から自家培養した種麹で麹を造る。取材時に白衣の着用義務がなかったことに驚くと「それも含めて寺田本家の味、という考えなんです」。麹室の四方の壁に炭を入れ、発酵にいい場をつくっている。
先代の教え
ベストセラーの著書『発酵道』など、発酵を学ぶことで人間の生き方や世の中が変えられることを説いた先代の家訓が飾られている。「いまでも壁に当たったときは、先代の言葉を思い出す。生きる指標です」
発酵文化の魅力発信
発酵暮らし研究所 & カフェうふふ
住所|千葉県香取郡神崎町神崎本宿1968-2
Tel|0478-79-8284(営業日のみ)
営業時間|11:00〜15:00(ランチはなくなり次第終了)
営業日|不定期営業、主に木・金曜
※詳細はウェブサイトをチェック
www.teradahonke.co.jp/ufufu
text: Ryosuke Fujitani photo: Norihito Suzuki
Discover Japan 2021年1月 特集「温泉と酒。」