長野・飯山の地酒が地域で愛される理由
「田中屋酒造店」「角口酒造店」
さまざまな地域が地域活性化を目指して、エリアに秘めた可能性を見出し、その魅力を発信している。そんな中、昨年10月、大型台風が日本列島を襲った。今回その復興支援プロジェクトとして、特に大きな被害を受けた地域に焦点をあて、地域ブランドを紹介する。第1回は〝燗付け師〟五嶋慎也さんが長野県・飯山市を訪れ、郷土食と地酒の新しい魅力を探る。
プロデューサー・五嶋慎也さん
「GODENYA」オーナーシェフ、燗付け師。「日本酒を世界の食中酒に」をテーマに、香港のGODENYAで8皿の料理のひと皿ごとに1種類の日本酒をペアリングするコースを提供。燗酒のナビゲーターとして世界中でセミナーやイベントも行う
https://godenya.com
飯山の水と米だからこそ
醸せる地酒の真骨頂
まだ記憶に新しい2019年10月、大型台風19号が日本列島を襲った。長野県最北の地、飯山市も甚大な被害に遭ったことを受け、復興支援プロジェクトが発足。そのプロデューサーとして白羽の矢が立ったのは、〝燗付け師〟として精力的に活動し、香港の飲食店「GODENYA」で日本酒の魅力を世界に伝えている五嶋慎也さんだ。
「昨年、被害を聞いて非常に心を痛めました。今回、私の本分である燗酒を通して飯山の地酒と食の新しい魅力を探したいです」。まず訪れたのは、市街地に建つ「田中屋酒造店」。造りの現場を視察しながら6代目蔵元の田中隆太さんに当時の話を聞いた。
「朝来たら蔵の中に泥水が1mくらい浸水していて言葉が出ませんでした。被害を受けた機器は100以上。まさに絶望です」。一時は酒造りをやめる覚悟までしたが、酒販店を中心に全国から約300人集まったボランティアの支援や急速な復旧活動で、現在やっと通常運転に戻ったという。
代表銘柄「水尾」の由来となった水尾山のふもとに湧き出る軟らかい名水と蔵から5㎞圏内で契約栽培される酒米を使用し「この地で醸す意味を宿した味わい」を真摯に追究する酒造りへのこだわりを聞いた後、蔵を後にした。
「風土を感じる食文化は
現地で味わうべき」
続いて訪れたのは長野最北端の酒蔵「角口酒造店」。次期蔵元兼杜氏の村松裕也さんは災害の後、田中屋酒造店に機器や人員を支援し、被災地へボランティア支援に行くなど、被害を目の当たりにしたという。その地元への想いは改革をしながらも芯はブレない「北光正宗」の味に表れている。
「都会でうける、華やかな香りで甘い酒を造ることはできる。でもそれは、うちがやる必然性がない。だから、地域の人が飲むことを誇りに思っている地酒のルーツを感じる酒で勝負していきたい」。
今回訪れて五嶋さんが感服していたのは、どちらの蔵も出荷の9割が県内消費という圧倒的な地元の支持。そして地素材、郷土食と合わせたときのポテンシャルだ。
「雪が積もり、湧き出た水でお酒や米、野菜が美味しくなる。すべて風土でつながった、世界でここにしかない文化なので、訪れてこそ体感できる。今回、私が提案したペアリングも楽しみ方のひとつとして、地元の方々の再発見にもつながるとうれしいですね」。
6代目の田中隆太さんが、1992年に水尾山の湧水を仕込み水に取り入れた「水尾」を立ち上げる。普通酒も大吟醸と同じ製造技術で醸し、長野県が開発した酒米「ひとごこち」と「金紋錦」の持ち味を引き出し、なめらかで後切れのいい酒質で奥信濃の地酒を伝える
住所:大字飯山肴町2227" target="_blank">長野県飯山市大字飯山肴町2227
Tel:0269-62-2057
創業年:1873年
年間生産量:約9万ℓ(一升瓶 約12万5000本)
www.mizuo.co.jp
近隣地域だけでほぼ100%消費されていた「北光正宗」を、6代目の村松裕也さんが品質改良。酒米は「ひとごこち」と「金紋錦」を中心に鍋倉山の軟水で仕込み、ドライでシャープな伝統の辛口をブラッシュアップしながら県外や海外にも発信している
住所:大字常郷1147" target="_blank">長野県飯山市大字常郷1147
Tel:0269-65-2006
創業年:1869年
年間生産量:約10万ℓ(一升瓶 約5万5000本)
www.kadoguchi.jp
文=藤谷良介 写真=鈴木規仁
2020年4月号 特集「いまあらためて知りたいニッポンの美」
1|長野・飯山の地酒が地域で愛される理由
2|栃木最古の酒蔵「第一酒造」の復活劇
3|福島「伊達ニット」の未来を開く職人技
4|音楽×旅館で箱根の魅力を再発見