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愛媛県今治市「伊東豊雄建築ミュージアム」
瀬戸内海を背景に世界的建築家・伊東豊雄の建築活動をめぐる

2021.9.18
<small>愛媛県今治市「伊東豊雄建築ミュージアム」</small><br>瀬戸内海を背景に世界的建築家・伊東豊雄の建築活動をめぐる

瀬戸内海の中央に位置し、古くから歴史ある「神の島」と呼ばれる、愛媛県今治市の大三島。ミカン畑の傾斜に囲まれ、海を背景に建つ、いまにも出港しそうな船のデッキのような幾何学のシルエット……。ここは、世界的建築家・伊東豊雄氏の建築活動を展示する、国内でも前例のない現代建築を専門としたミュージアムだ。瀬戸内海と島々を背景に、伊東氏の建築と思想、大三島での試みをめぐってみよう。

photo:藤塚光政

伊東豊雄(いとう とよお)
1941年生まれの建築家。1965年東京大学工学部建築学科卒業。主な作品に「せんだいメディアテーク」「みんなの森 ぎふメディアコスモス」「台中国家歌劇院」(台湾)など。日本建築学会賞、ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞、プリツカー建築賞など受賞多数。2011年に私塾「伊東建築塾」を設立。未来の街や建築を考える建築教育の場として様々な活動を行っている。

風景と建築が織りなすミュージアム

左が旧伊東邸を再現したシルバーハット、右が展示棟のスティールハット

同ミュージアムは、伊東氏の建築活動を展示する本館スティールハットと、伊東氏がかつて住んでいた自邸を再現したアーカイブ棟であるシルバーハットの2棟で構成されている。

スティールハット外観。鉄板で出来た造形は、まるで巨大な船舶のよう。造船王国である今治らしさを表している

訪れるとまず目に飛び込んでくるのが、鉄板で出来た複数の多面体が特徴的な建物、スティールハットだ。

エントランスホール、3つの展示室、休憩が出来るサロン、テラスからなる。4種類の多面体が、結晶のごとく連結した構成で、一辺あたり3mの正三角形と正方形面から出来ている。構造は、鉄骨フレームによるブレース構造で、外装仕上げを兼ねる6mmの鋼板とフレーム材が、溶接で一体化。内部空間は、屋根・壁・床の区別が消え、求心性を持つと同時に、壁がパノラマ的に展開していく。

シルバーハット外観。伊東氏の旧自邸を再現しており、これが東京の中心部に建っていた様子を想像するだけで面白い

金属のカマボコ状屋根(ヴォールト)が連なるシルバーハット。3.6m間隔のコンクリート柱の上に鉄骨梁を架け渡し、鉄骨の浅いアーチ状の屋根を載せて作られている。全部で大小7つあるアーチ状の屋根は、オリジナル(旧自邸)と同様、アングルと丸パイプによってつくられた菱形フレームを連結することで、形を形成。館内には図面の閲覧が出来るスペースや、屋外ワークショップスペースが設けられている。

シルバーハット内の、図書閲覧スペースに設けられた「伊東豊雄建築アーカイヴ」は、伊東氏が選んだ約155件のプロジェクト図面を中心に収蔵。内外の研究者や学生のため、広いデスクと落ち着いた学習・研究環境を備えている
実際にシルバーハットに置かれていた、大橋晃朗氏デザインによる家具が飾られた家具スペース
ミュージアムの広い起伏ある敷地内にある屋外大型模型展示。スティールハット棟、シルバーハット棟脇に常設されている

「島の美しさと不思議な力に圧倒されました」

シルバーハット内からの眺望

ミュージアムが建つ大三島は、愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶしまなみ海道の途上に位置している。日本総鎮守と呼ばれ、全国に約1万の分社を持つ大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)を有する大三島は、「神の島」と呼ばれる地。愛媛県の島々の中では最大の面積を持つが、古来から神聖視されてきたことから、自然溢れる景色と人々の温かな繋がりをいまに残している。そんな大三島の魅力に伊東氏が惚れ込み、実業家・所敦夫氏らの協力を得て、2011年に日本初の建築ミュージアムを設立した。

伊東氏「かつて訪れたことのないこの島に所氏らと共に足を踏み入れた途端、島の美しさと島の持つ不思議な力に圧倒されました。地霊の存在が伝わってくるような土地の潜在力を感じたのです」

計画は斜面の多い島独特の地形や大三島町と今治市の合併などにより二転三転。しかしその過程で伊東氏が所氏らに語った「若い建築家を育てるための塾をつくりたい」という願いも取り入れられ、現在の形となった。

同館は伊東氏の作品展示や建築アーカイブを収蔵する目的に加えて、それらを自由に閲覧出来る図書閲覧スペースやワークショップスペースも設けられている。設立当初の理念が体現された場所と言えるだろう。

大三島の未来をつくる

大山祇神社の参道沿いの空き家を改修した「大三島みんなの家」

ミュージアム設立と同時期、伊東氏は東京で「伊東建築塾」を立ち上げ、塾生たちと共に大三島へ通うようになる。多くの塾生は島に魅せられ、中には島に移住して島の人々と共に暮らす若者まで現れ、伊東氏と塾生たちと島の人々との交流が始まった。温かな人々との交流に癒されながらも、それを脅かす過疎化の問題も知ることとなる。

伊東氏は、自らが感銘を受けた大三島の魅力を活かして行う、独自の方法で「精神的に美しい地域づくり」を目指すプロジェクトを立ち上げた。

伊東氏「私は、これからの若い建築家達は、大都市に向かって自らの個性や表現を競い合う時代ではないと考えます。個々のプロジェクトは地味であっても、小さな力を結集して、地域をいかに楽しい生活の場とするかが問われているのではないでしょうか。大都市がかつてのように魅力的であった時代は既に終わりを告げようとしているのです」

“建築”とともに“人々”の問題にも向き合い始めた伊東氏は、塾生と共に、衰退の一途を辿っていた由緒ある大山祇神社の参道に面した空き家を借りて改修。人々が集える拠点「大三島みんなの家」をオープンした。この場所では、島の食材を使った料理や、モノとモノの記憶を交換する物々交換、多世代が気兼ねなく集えるイベント、生活の知恵をシェア出来る教室などが楽しめる。さらに“参道マーケット”への参加など、大山祇神社の参道に人を呼び戻すためのイベントも行ってきた。
※2021年春をもって一旦クローズされたが、現在(2021年秋)は後述の「大三島みんなのワイナリー」オフィス兼販売所として活用されている

島で作られた野菜や果物を使った料理、衣服、アクセサリーなど多彩なラインアップのマルシェは、モノ・人・場所、さまざまな出会いが生まれる場となった
ブドウ畑を包み込むように広がる瀬戸内海を望む「大三島みんなのワイナリー」

美しいミカン畑に覆われていた大三島だったが、近年は少子高齢化によりミカン栽培を放棄する農家も年々増加している。美しい畑と島の経済を改善するべく、同プロジェクトの一環として立ち上げられたのが、大三島で初のワイナリー「大三島みんなのワイナリー」だ。栽培放棄されたミカン畑を借り受け、醸造用のブドウの栽培にシフトチェンジ。「大三島の美しい風土に見合うワイン製造には大きな夢が広がります」と伊東氏。

2019年には島内に醸造所も完成。ブドウ栽培から醸造まで100%大三島産のワインを作っている。この場所で作られるワインが、都会と島の人々を繋ぐ役割も担うことを目指している。

実は大三島は気候や水はけのよい土質など、ワイン用のブドウに適した環境。瀬戸内海の海と同様、表情豊かなワインが出来上がる
photo:青木勝洋

伊東豊雄氏が熱い情熱で取り組む島づくり活動のきっかけであり、中心にある「今治市伊東豊雄建築ミュージアム」。美しい建築とロケーションに感性を刺激された後は、町を散策し伊東氏の想いを体感してみてはいかがだろうか。

今治市伊東豊雄建築ミュージアム
住所|愛媛県今治市大三島町浦戸2418
時間|9:00~17:00
休館日|月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始
料金|一般840円、学生420円
アクセス|車/瀬戸内しまなみ海道・大三島ICから約25分 バス/島内路線バス「ところミュージアム」から徒歩約3分
Tel|0897-74-7220
https://www.tima-imabari.jp
※最新の開館情報はウェブサイトをご確認ください

text=Discover Japan

地域文化を守りながら、
住みやすいまちづくりに取り組む
愛媛県をSDGs視点で読み解く

2021年8月現在
解説協力:サステナブル・ラボ株式会社

人間、地球及び繁栄のための行動計画として、持続可能な開発目標として国際的に採択されたSDGs。17の目標のうちゴール11の「住み続けられるまちづくりを」に注目すると、愛媛県は「平均文化財保存事業費」が全国3位です。

文化財の保全は、地域の景観を維持し、さらには地域文化を守ることにも繋がり、持続可能なまちづくりのための大切な要素です。愛媛県を訪れたら、世界的建築家・伊東豊雄氏のミュージアムで現代建築に触れて未来の建築や街づくりについて考えるとともに、愛媛の文化財に触れ、歴史や文化を深く理解したり、心に安らぎや潤いを感じてみたりするのも、街歩きの楽しみ方の一つですね。

詳しいデータはこちら

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