TRADITION

《輪島キリモト》桐本泰一
輪島塗の先にある可能性を求めて
|輪島塗に新風を吹き込む塗師たち

2024.9.21
《輪島キリモト》桐本泰一<br>輪島塗の先にある可能性を求めて<br><small>|輪島塗に新風を吹き込む塗師たち</small>

日本有数の漆器の産地として名高い石川・輪島。2024年元日の大地震により甚大な被害を受ける中、輪島塗再建に向けて新たな一歩を踏み出した人々がいる。
 
今回は、被災をきっかけに発見された木地を生かす「蘇生する漆の器」づくりに取り組む「輪島キリモト」桐本泰一さんを紹介する。

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“地の粉”と呼ばれる珪藻土。これを下地漆に混ぜるのが輪島塗の特徴。輪島キリモトでは上塗りにも使い、新たな表情をつくり出す

「輪島キリモト」には、代表である桐本泰一(きりもと たいいち)さんを筆頭に、木地師2名、塗師3名が在籍。工業デザインを学んで図面が読める職人、金継ぎや漆絵に長けた職人、これまで見たこともない変わり塗りに挑戦できる職人などバラエティ豊かなメンバーが揃う。桐本さんは、1700年代末から輪島で漆器業を営む家に生まれ育った。大学で工業デザインを学び、後にオフィス設計に従事して図面が読めるように。それが強みとなり、デザイン性を兼ね備えた輪島塗や建築内装の漆仕上げを得意とする。前述の職人たちと組んで、輪島塗の既存の枠にとらわれない、ユニークな作品を次々と生み出してきた。

桐本さんは建築内装での漆の表現にも力を入れており、さまざまなサンプルを用意。有名ホテル、飲食店、公共施設などで使われている
漆と天然素材を掛け合わせたり、蒔地、千すじ、布みせなどの“変わり塗り”を得意とする塗師の小路貴穂さん

大地震は初詣に出掛けていた桐本さん家族を路上で襲った。道路があちこちで「マフィンのように」盛り上がりひび割れた。その後の雨や余震で自宅は完全に倒壊。本町通りにあった家屋は全焼。倉庫の建物自体は無事だったが、中はひどいありさまだったという。

桐本家が1929(昭和4)年から営んできた本町商店街の家屋は燃えてしまった。自宅は倒壊し、工房や倉庫の中もぐちゃぐちゃに

生きることに必死だった1カ月が過ぎた頃、桐本さんの元を建築家の坂 茂(ばん しげる)さんが訪れた。坂さんが10年間改良を続けた、十数時間で出来上がる紙管とボードの仮設住宅の図面を携えて。図面を見た桐本さんは「坂さん、これで仮設工房ができますよ!」と即座に提案した。これがあれば、仕事場を失った職人たちもすぐに仕事に取り掛かれると。

坂 茂さんが考案した仮設住宅。世界のどこでも手に入り、強度があって恒久的に使える素材を用い、誰でも手で組み立てられる

仮設工房を2棟設置した桐本さん。まず1棟は倉庫の作品を整理し、企画展準備の場として用いた。それが輪島塗復興の第一歩だった。だが「倉庫に残った製品を出して復興支援や応援に甘んじているだけでは駄目。再び製造をはじめるために、輪島全体で協力していかなければ」と桐本さんは言う。

紙管やボードを組み立てた12畳の仮設工房には自然素材の温もりがある。震災後、安心して作業できる場所として大活躍

そんな桐本さんに、ある出会いがあった。被災した高校の同級生の実家の蔵に30年ほど眠っていた、中塗りまで済ませた大量の漆器だ。小ぶりな重箱があり、壺椀、平皿があり、高台付き菓子皿があった。その中から現代の生活空間にフィットするかたちを選び、それぞれに合う仕上げで新たな命を吹き込んだ。布や和紙の表情を加え、パール銀漆を使うなど変わり塗りを施し、輪島塗の伝統的なかたちにモダンな感性をプラス。被災したうつわが蘇生し、美しい輪島塗が誕生した。
 
「坂さんの協力があり、まずは輪島塗を続けていく体制を整えることができました。ここからは次のステージです。現代のダイニングに、漆の内装や家具、うつわを取り入れていきたい。そのための探求はずっと続きます」

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文字通りお蔵入りしていたつくりかけのうつわが、桐本さんと工房の職人の手でモダンに生まれ変わった。奥の重箱は、屠蘇器七つ揃えのひとつゆえのコンパクトなサイズ感が魅力。菓子重として用いれば、カラフルなマカロンも似合いそう。今秋から「髙島屋」6店舗で販売予定
「蘇生する漆の器」のスケッチ。「うちの漆の職人と打ち合わせした内容を図案に起こし、最終的な作品にもっていくのが僕の仕事です」と桐本さん
“仲むつまじく酒を飲む二人に”と開発した酒器「あなた」(左)と「わたし」(右)。どちらかを逆さにすると、側面のアールがぴたりと寄り添う
こちらも蘇生する漆の器のひとつ。震災でダメージを受けた漆器を金継ぎや漆絵であえて景色が出るよう修繕する塗師の今瀬風韻さん

 

《田谷漆器店》
田谷昂大

 
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問い合わせ|輪島キリモト
http://kirimoto.net/

text: Yukie Masumoto photo: Maiko Fukui
Discover Japan 2024年9月号「木と暮らす」

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