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「片折」金沢へ能登の最高の食材を求めて
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2019.12.24
「片折」金沢へ能登の最高の食材を求めて<br>犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第1回は能登の食材にとことんこだわった金沢の「片折」を紹介する。

いぬかい・ゆみこ
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。

能登半島の先端、珠洲では、松茸のセリが毎日2回開かれる。片折さんは、1回目に買った松茸をその場で割いて、状態がいいかどうかを見る。その結果次第で、2回目のセリにも参加するかどうかを決める。「2回目のセリで朝より上モノを仕入れられるとうれしいですね」、写真の松茸は、手前の1本が昨日、奥の2本が撮影当日採れたもの・1本持ち上げてみるとズシリと重い。いい松茸は短時間で成長するので土が付いていないのが特徴で、軸の部分は白いまま。この太さだからこその、ジャキっとした歯ごたえが楽しめる。

10年に一人の風雲児、ついに登場!

紅ズワイガニ。ズワイガニより殻が薄く食べやすく、色鮮やかな甲羅は冬の味覚の代表だ

石川県野々市市の「すし処 めくみ」の店主・山口尚亨さんから勢いのあるメールが届いた。「やっと自分と同じ考えの料理人に出会えました!」山口さんは毎日、能登半島の港を回る。その日最高の魚を誰よりも早く仕入れるためだ。

往復200㎞のドライブを10年欠かさず続けてきた。その結果、能登半島で揚がる最高の魚が山口さんの元に集まるようになった。その山口さんに倣って能登に通う料理人が現れたのだ。

ブリ。「氷見魚ブランド対策協議会」が決めた期間に、富山湾の定置網で保護したものの中で7㎏以上のブリのみが「ひみ寒ぶり」

「毎日行くって本当にしんどいんです。まして彼は魚だけではなく野菜や松茸、肉まで、探して走るから。それは大変だと思います」。山口さんが珍しく高評価した料理人の名は片折卓矢さん。

聞けば金沢の名店「つる幸」で11年修業後、その腕を見込まれて料理長として迎えられた「玉泉邸」ではミシュラン一ツ星を獲得。今年5月に独立し、いま金沢で最も注目の料理人らしい。それを聞いたらジッとしていられない。翌週には金沢に赴いていた。

店主の片折卓矢さんと美人女将の裕美さん。二人は「つる幸」時代に知り合った。当時は裕美さんも厨房で修業。片折さんにとっては先輩だ。現在は裕美さんがサービス担当。料理の説明も完璧!

金沢駅からタクシーで15分。店は浅野川の天神橋のたもとにある。対岸のひがし茶屋街の賑わいとは打って変わって静かな場所だ。出迎えてくれた片折卓矢さんと女将の裕美さん。二人の表情には、いい緊張感がみなぎっていた。

素材の頂点を求めて「片折」の料理がはじまる

お造り/ブリ 大根 松茸 柚子
能登半島のブリは、七尾か氷見の漁港のどちらか揚がったほうが産地になるが、基本的には能登半島全体で大きな差はない。片折さんいわく「結局は魚を見て決めますから」。大根、松茸は千切りにして違う食感を楽しむ

新しい店のはずだが何年もここにあるような、落ち着いた佇まい。実は昭和初期に建てられた町家を8年前に購入し、時間をかけて店に改装したという。隅々まで愛情が込もっているのがわかる。最初に控えの個室に案内され、ひと息ついてからカウンターへ案内される。さあ、舞台の幕が開いた!

煮物椀/新湊の紅ズワイガニ寄せ
朝採れの松茸は歯を入れるとジョキッと小気味よい音とともに香りが広がる。紅ズワイガニのすり身はプリッとした食感と甘みが特徴。山と海の贅沢な出合いを楽しめる

カウンターは石川の県木の“アテ”でつくり、床は金沢城の石垣にも使われている戸室石。そこに金沢の伝統を大切にする気持ちが表れている。一方、椅子は和の空間には珍しいデンマークのアンティーク。北欧デザインを取り入れる思い切りのよさも見事。

この日は今シーズン最後の松茸が主役。運ばれてきた松茸の大きさに驚かされる。25㎝はあろうか、手に取るとズシリと重い。しかも何と上品な香り!

焼き物/松茸ホイル焼き
最もシンプルで、香りと味を引き出せる調理法がホイル焼き。酒を振って火に当てただけ。ホイルを開けた瞬間広がる香りを逃すな! 煎り酒か塩で味つけを変えて楽しむ

「これは昨日、これは今日手に入ったものです。このところまったくいいものがなく、心配していたのですが、今年最後の大物でしょう」。片折さんの表情から自信のほどがうかがえる。何しろ能登半島の先端、珠洲にまで通っているのだから(往復300㎞!)しかもその地域でも特別上物を採取する名人のものが目当てだ。

「松茸は外から見てよくても、中を割ってみないとわかりません。虫がいたら終わりです」。虫をよけて使えば問題ないのだが、片折さんは完璧なものしか認めない。これなら大丈夫と確信がもてる一本のために何本もの松茸を吟味する。もちろん気に入らない分の料金も自己負担となる。この日のコースはそんな松茸の香り、食感、味わいすべてが見事に表現されていた。

焼き物/氷見牛
自然の中で育てられた氷見牛は、きれいな水と空気の中で健康に育つ。氷見出身の片折さんだけに、ヒレの中でも、ど真ん中のシャトーブリアンが手に入る

これからの季節は、カニ、氷見の寒ブリも登場。その一つひとつに物語がある。カウンター越しに、能登の海、山、畑が目の前に広がるのを感じるはずだ。「まだまだはじめたばかりで自分の料理はどうなのか。悩みは尽きません」と片折さんはあくまで謙虚だ。

ちなみにうつわに対するこだわりも相当なもの。うつわ好きには驚きの連続。九谷焼や高名な作家のものがさりげなく使われている。久しぶりの金沢に季節ごとに通いたい店が生まれた!

片折(かたおり)
住所|石川県金沢市並木町3-36
Tel|076-255-1446(予約受付10:00〜16:30)
営業時間|17:00〜、20:00〜 水・日曜のみ12:00〜も営業
定休日|不定休
料金|おまかせコース2万5000円〜(素材により違うので予約の際確認)


文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
2019年1月号 特集「風土を醸す酒」


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