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「あらや滔々庵」前田家、魯山人ゆかりの宿で温泉とカニ尽くしを堪能

2019.10.24
「あらや滔々庵」前田家、魯山人ゆかりの宿で温泉とカニ尽くしを堪能
加賀藩の支藩・大聖寺藩ゆかりで魯山人も逗留した部屋をそのまま移築。漆が施された柱に朱壁、華やかな加賀の風情が味わえる

前田家歴代藩主の命を受け、湯番頭として山代の湯を守ってきた宿、「あらや滔々庵」。その魅力は温泉だけではない。冬の味覚の王者・カニ尽くしが愉しめるのだ。

カニの水揚げ港として知られる石川の橋立港で揚がった活きズワイガニを炭火焼で。濃厚なカニ味噌を堪能し、最後は酒を注いで甲羅酒に

“代々創業”の意気込み

京都にある老舗呉服商の当代主人から聞いた言葉だ。

老舗というものは、ただ継承するだけだと、必ず衰退の一途をたどるもので、代々の主人は自分の代で、新たに創業するくらいの意気込みをもたなければいけない。大まかにはそういう意味だった。

その言葉に触れて以来、老舗を訪ねるたびに、現当主にその意気込みがあるかどうかを、見抜くようになった。

加賀温泉郷にある山代温泉の老舗宿「あらや」は、まさしくその“代々創業”を実践している。近年になって整備が進んだ“湯の”を見守るように建つ宿は、現当主で18代を数える。

宿の目の前、温泉街の中心にある建築家内藤廣が手掛けた共同浴場、山代温泉総湯(やましろおんせんそうゆ)

加賀百万石前田家の、歴代藩主御用達の湯宿として、長い歴史を数えてきた宿は、訪れるたびに何かしら変化を見せてくれる。

それは客室の一部や、館内の一角だったり、料理のうつわ遣いだったりするのだが、うっかりすると見過ごしてしまいそうに、決して大仰なものではない。そこに老舗の底力を見るのである。リニューアルオープンといった派手なものではなく、こつこつと手を入れ、創意工夫を重ねることで、さらなる快適、さらなる上質を創り上げ、“代々創業”を実践しているのだ。

掛け流しの温泉が愉しめる客室も。
二層になった吉野檜のユニークな浴槽が。

何度訪れても心浮き立つ宿

控えめな入り口から玄関をくぐり、一歩館内へ足を踏み入れると、そこには老舗ならではの静謐な空気が漂っていて、思わず背筋が伸びるものの、靴を脱いで上がり込むと、一転してたおやかな空気に包まれ、ほっこりと心が丸くなる。

廊下はもちろん、エレベーターの中までが畳敷きで、スリッパ要らずの床がうれしい。

はじめての宿は心浮き立つものだが、この宿のように、来るたびに新しさが加わっていると、同じような胸の弾みを覚える。

何度も泊っている“若菜”の間だが、今回は風呂が新しくなっていた。半露天になった風呂には、ふたつの湯舟が並び、棚田のような段差が付いている。上段の湯は下段の浴槽に流れ込むつくりになっていて、下は浅い寝湯を愉しめるという趣向だ。常にお客の愉しみを追求する、当代の主人が編み出した仕掛けなのだろう。

大浴場「原泉閣」。
地下わずか数十mから湧く湯は、ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉。しっとりと肌当たりがよく、芯から温まる湯だ

霊峰白山へ向かおうとした行基が、紫雲に導かれ、が傷を癒していたのを見て、発見したと伝わる山代の湯は約1300年もの長い歴史を誇る。

その湯に寄り添いながら、長い代にわたって宿を続けてきたあらや滔々庵には、開湯以来変わることなく、途絶えることなく、湯があふれ出ている。それはまさに、滔々という言葉にふさわしく、いまもお客の肌にまとわり、心身を癒し続けている。

変わるもの。変わらないもの。両者のバランスを、巧妙に保ち続けている宿の居心地は、すこぶるいい。

食通たちをとりこにする美味の数々

加えてこの宿には美味が集まってくる。海の幸、山の幸、いずれ劣らぬ美食の材が、熟達の料理人たちの手によって、加賀百万石の絢爛たる料理になる。

とりわけ、冬の厳しい荒波にもまれた日本海の幸は、ここでしか味わえない美味として、食通たちをとりこにしてきた。

〈造り〉〈酢の物〉

かの美食家、北大路魯山人もその一人。幾度となくこの宿に滞在し、美食を欲しいままにしつつ、書画工芸に卓越した技を発揮した。

その証しとも呼ぶべき作品が、多く宿に残り、それらもまた眼福として、お客の目を愉しませる。

〈蒸しもの〉〈食事〉〈水菓子〉

部屋の風呂もいいが、こういう宿に来たらやはり大きな風呂で、存分に手足を伸ばしたい。朝夕に入れ替わるふたつの風呂と、瞑想にふける烏湯。温泉とはかくも心を伸びやかにしてくれるものなのか。誰もがきっとそう思う。

庭に架かる渡り廊下の先にあるバー「有栖川山荘」。
明治初期に皇室の命を受けて建てられた、まるで秘密の隠れ家のような空間

そして新設された食事処で、誰にも邪魔されることなく、思う存分、地のカニを堪能する。

その後は離れのバーラウンジで食後酒を愉しむもよし。部屋に戻って寝湯に身体を休めるもよし。

“代々創業”の精神で長年かかってつくり上げてきた老舗宿は、いぶし銀のような輝きを見せ、真綿のようなやさしさで、お客の心をふわりと包み込む。これをして、逸宿の鑑と呼ぶ。

あらや滔々庵
住所:石川県加賀市山代温泉18-119 
Tel:0761-77-0010 
Fax:0761-77-0008 
客室数:18室(和室9室、半露天風呂付き客室9室)
料金:1泊2食付3万3000円〜(サ込税別)
カード:AMEX、DINERS、DC、JCB、UC、VISA
チェックイン:14:00 
チェックアウト:11:00
夕食:懐石料理(個室食事処または部屋)
朝食:和食(個室食事処または部屋)
アクセス:車/北陸自動車道加賀ICから約15分 電車/ JR加賀温泉駅から車で約10分(送迎あり)
施設:大浴場、バー、茶室ギャラリー、食事処、売店
インターネット:無線LAN
www.araya-totoan.com

文=柏井 壽 写真=宮地 工

2018年 Discover Japan Travel「一度は泊まりたい ニッポンの一流ホテル&名旅館」より

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