長野県《サノバスミス》
農業の未来を見据えるリンゴ農家が造る
“ハードサイダー”【中編】
飲めばきっと誰もが驚く。リンゴ農家と化学者、デザイナーのチーム「サノバスミス」が、原料のリンゴ栽培から手掛ける“ハードサイダー”とはそんな酒だ。圧倒的な魅力を放つ液体を通して彼らが見据えるのは、農業の未来である。
農業×化学のハイブリッド。
ハードサイダーカルチャーはここから生まれる
「サノバスミス」のハードサイダー造りにおいて、宮嶋さんと小澤さんが農業からアプローチをする一方、化学的アプローチを行うのが醸造担当の池内さん、通称“ハカセ”だ。大学院で有機合成を研究していた彼は、二人を通してオレゴンのハードサイダーに触れ、「日本でまだ誰もやっていないことができる」と醸造責任者に就任。2017年にはイギリスのクラフトサイダー醸造所「Somerset Cider Brandy Company」で修業。翌年オレゴン州立大学でもサイダー醸造学を学んだ。彼の醸造の特徴は、同じ名を冠するハードサイダーでも仕込みごとにレシピを変えること。「コンセプトは守りますが、毎年変わるリンゴの質に合わせた発酵法を探っています。新技術が今年発表されたなら、今年の醸造に生かさなければ怠惰だと思うから」とハカセ。ビールやワイン醸造にも精通する彼が多彩な分野の手法を縦横無尽に駆使してチューニングするサイダーは、国際的にも高い評価を得ている。
さらにブランディングを行うのが小澤さんの古い友人でもある「BAUM」宇田川裕喜さんだ。「農家である僕らのコンセプト、ハカセが使った技術などを勘案してデザインやネーミングを考えてくれる。サノバスミスはそれぞれのメンバーが得意な分野で力を発揮するチームなんです」と小澤さん。
チームで発信するハードサイダーカルチャー。それを未来へ根づかせるために、宮嶋さんと小澤さんはさらなる挑戦を行っている。「英国系の醸造用品種を日本の品種と交配させて、オリジナルの品種を開発しているのです」と宮嶋さん。小澤さんは「フジから取れた種を育ててもフジにはならない。種の数だけ品種があるリンゴはまるで “宇宙”です。その宇宙の中から、僕らの手で新しい醸造品種を生み出して、リンゴへの愛と情熱とともに次世代に伝えたい。僕らがいなくなった世界でもそれが醸造用として愛されたらすてきですよね」と目を輝かせる。視界いっぱいに雄大な北アルプスが広がるこの場所で、彼らが見据えるのはもっと先の世界だ。小澤さんは語る。「農家は土地に縛られがちだから、同じ地域での協業はあっても、地域を越えた協業はほぼない。でも新しいことをするにはやはり越境しないと。創造力は移動距離に比例すると思うから、僕らはこの長野に根ざしつつ、これからも外へ出て視野を広げていきます」。
進化・変化し続ける
サノバスミスのハードサイダー
どんなリンゴも好きになる、
毎度異なる味わいづくり
「レシピを厳密に決めず、野生酵母などもあえてねじ込み、想像を超えたものを造りたい」とハカセ。130年以上の歴史ある「International Cider Awards」で、2021年「BARREL LAUNDERING」が銀賞を受賞した。彼が同年に審査員を務めた経験も醸造の大きな糧に
新たな醸造用リンゴ&ホップの品種開発にも挑戦!
育種中の醸造用品種。近い将来「サノバスミス」という醸造用品種ができるかもしれない。「僕らの父世代で育種が盛んで。宮嶋林檎園、小澤果樹園にもオリジナルのリンゴ品種があります」と小澤さん。ホップも西洋原産品種と日本の唐花草を交配して育種している
読了ライン
1 2 3
text: Miyo Yoshinaga photo: Yuko Chiba
Discover Japan 2023年6月号「愛されるブランドのつくり方。」