丹後一宮《元伊勢 籠神社》
食の源流は、海の京都にありました
京都北部の7市町で構成される「海の京都」。和の源流を感じながら、冬の味覚をキーワードに“もうひとつの京都”の魅力を発見する旅へ――。今回は、日本創世の地である天橋立の付け根に建つ丹後一宮 元伊勢 籠神社と奥宮 眞名井神社をご紹介。権禰宜で、資料展示室学芸員の海部やをとめさんに、籠神社、眞名井神社の由緒と、両社を参拝する意義をうかがった。
伊勢神宮のふるさとで
食の歴史をたどる

①元伊勢 籠神社
天橋立を望む地に佇む「丹後一宮 元伊勢 籠神社」は、神代の頃より信仰を集めた古社だ。

籠神社の本殿は、伊勢神宮と同様の神明(しんめい)造。切妻造の平入で檜皮葺きの屋根の端にそびえる千木は内削ぎ、10本の鰹木など格式の高い稀少な建築様式をいまに伝えている
「奈良時代に作成された『丹後国風土記』の逸文によると、伊弉諾尊が天地を通うために建てた梯が倒れてできたのが天橋立。その付け根にある籠神社は、ほかに類のない霊地であり“国のはじまりの地”といわれています」と教えてくれたのは、権禰宜・海部やをとめさん。海部家は、現在の主祭神・彦火明命を始祖にもち、現83代目に至るまで宮司として籠神社を守り続けてきた由緒正しい家系だ。


本殿の高欄にある、五行思想の木、火、土、金、水を象徴する青、黄、赤、白、黒の五色の座玉(すえたま)。これは伊勢神宮内外宮の正殿と籠神社だけに配された、神社建築史上最も貴重なものだとか
②食の神さまの地・眞名井神社
籠神社の奥宮であり、現在、パワースポットとしても名高い眞名井神社がある地に祀られていたのが、食物全般の豊饒をつかさどる神さま・豊受大神。その縁で宮中に祀られていた天照大神がこの地に遷り、吉佐宮という宮号で4年間祀られたと伝わる。
その後、天照大神は伊勢神宮内宮、豊受大神は伊勢神宮の外宮に遷られたことから籠神社は「元伊勢」と呼ばれるようになった。

荘厳な本殿は、籠神社同様の神明造。狛龍が鎮座する鳥居前には、神さまが天上から持ち帰った霊水「天の眞名井の水」が湧き出ている
つまり豊受大神の故郷であるこの地には、日本の食の源流があり、そして現在も眞名井神社の主祭神として祀られている。
「豊受大神は食物全般をつかさどる神さまですので、古代に思いを馳せながらその恵みに感謝することで、食材や生産者、料理人の方々への感謝へとつながり、食生活が豊かになります」と海部さん。

眞名井神社には、まだ社殿がなかった古代の頃に神さまが宿っていた「磐座」がそのままのかたちで残り、東の主座は豊受大神、西座は天照大神が祀られている。
「東と西の磐座は、天と地、日と月、水と火、陰と陽を表し、相対する御神格の神さまを一緒にお祀りすることで調和が保たれる神祀りが、縄文時代から現代まで続いています。籠神社の主祭神の彦火明命は天照大神の孫神であり“陽”や“火”を、眞名井神社の豊受大神はそれに対する“陰”と“水”の御神格をもつ神さまですので、この地を訪れたら、両社どちらも参拝することで心身のバランスが整い、自然との一体感が得られるのです」
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現存する日本最古の系図である国宝「海部氏系図」、約2050年前の前漢時代の神宝「邊津鏡」、約 1950 年前の後漢時代の神宝「息津鏡」は、海部家でひそかに伝えられてきた。この鏡は、彦火明命が天祖から賜り、豊受大神を祀ったと「海部氏勘注系図」は伝える。系図と鏡は、神話と古代日本史をつなぐ宝物だ
(右)神宝 邊津鏡 (左)神宝 息津鏡

(左)国宝「海部氏勘注系図」 「海部氏系図」を補完する内容が記されている
丹後一宮 元伊勢 籠神社
住所|京都府宮津市字大垣430
Tel|0772-27-0006
参拝時間|2~11月7:30~17:00、12~1月~16:30
www.motoise.jp
眞名井神社
住所|京都府宮津市大垣小字諸岡86
参拝時間|境内自由
text: Ryosuke Fujitani photo: Kousaku Kitajima
2025年12月号「京都/冬こそ訪れたいあの旅先へ」


































