茨城県北ガストロノミー
~岡倉天心著『茶の本』をフュージョンディナーで体感~
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茨城県北地域(日立市、常陸太田市、高萩市、北茨城市、常陸大宮市、大子町)に育まれてきた自然や文化、歴史、空間といった風土の魅力を融合させて再編し、「一皿の料理」に込めて発信している「茨城県北ガストロノミー」。
2018年より歩みをはじめたこのプロジェクトは、一次産業や飲食店、宿泊施設、文化施設に携わる茨城県北地域のプレーヤーたちの物語を紡ぎ、地域の魅力と可能性を“食”という体感を通じて伝えている。
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今回、2020年11月に開催された「岡倉天心 『茶の本』 fusion DINNER」に参加した。岡倉天心は、近代日本美術の発展に多大な功績を残した思想家だ。1903年に自ら設立した東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)を離れ、横山大観ら弟子たちと茨城県北の五浦(いづら)の地に移り住み、活動の拠点とした。
彼が記した『茶の本』は、茶をテーマに日常生活における自然と芸術の調和を説いたもの。東洋・日本文化を知るテキストとして当時、各国で翻訳された名著からインスパイアされたガストロノミー体験が今回のコンセプトだ。
まず訪れたのは、五浦海岸沿いに位置する六角堂(茨城大学五浦美術文化研究所)。茨城大学五浦美術文化研究所の所長・藤原貞朗氏の解説とともに、天心が最後の10年を過ごした場所を巡る。天心が瞑想にふけり、時に海へ釣り糸を垂らしていた東屋「六角堂」や、この日特別に立ち入ることができた旧天心邸母屋の縁側から望める美景を眺めていると、はるか彼方の世界の舞台で日本美術の再興に奔走した天心の想いが心に響いてくる。
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その世界観に触れた後、向かったのは、日本を代表する建築家・内藤廣氏設計の茨城県天心記念五浦美術館。現在工事休館中だが、このイベントのためだけにエントランスホールが開放され、一夜限りのフュージョンディナーの舞台となった。
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ウェルカムドリンクとして、常陸太田市の井坂酒造で造られた、茨城の古代米を使用したウェルカムドリンク「古代さけ紫しきぶ」の豊潤な味わいを楽しんでいると、オペラコンサートのサプライズが。天心が描いたオペラ台本『白狐』をもとに、作曲家・平井秀明氏が翻訳・台本・作曲を手掛けた『眠れあかごよ』、『月の歌』の伸びやかな独唱が晩秋の空に響き渡り、特別感が高まる。
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美術館に足を踏み入れると、レッドカーペットと赤いレースのカーテンに包まれたプライベート席が距離をあけて配されている。美術館という特別な場所を使用する上で守るべき条件をクリアした、開館以来初の館内での飲食体験というスペシャルな時間は、岡倉天心×茨城県北ガストロノミーというイベントだからこそ実現した。
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今回のコースを担当するのは、地場素材を活用した料理に磨きをかけてきた茨城県北の5人のシェフ。県北の6市町をイメージした前菜「六角堂」から美食のストーリーがはじまった。五浦の美しい山と海の景色をお椀の中におとしこんだ滋味深い「椀の三段階」(山田屋旅館)、肥沃な常陸の地の恵みをやさしく引き出した野菜料理「常陸の秋の散歩道」(うのしまヴィラ)へと続く。
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料理には、担当したシェフが茨城県北地域でつくられる銘酒を厳選してペアリング。豊かな水系が育むこの地ならでは妙味は、それぞれのシェフが語る一皿に込めた想いとともに、料理をより味わい深くしてくれる。
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釣りを嗜んだ天心にオマージュを捧げる魚料理「波の音」(クチーナノルドいばらき)、そして、作者と鑑賞者の共感で生まれる美術作品を皿の上で表現した肉料理「シンクロニシティ」(雪村庵)、大津港の名産、あんこうの濃厚な味わいが際立った御飯「花びらのどぶ汁雑炊リゾット」(太信)で物語は最高潮に。
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デザートの奥久慈大子リンゴのミルフィーユ「雪」(雪村庵&クチーナノルドいばらき)が口の中に自然の力強さを届け、常陸太田在来小豆「娘来たの餡子トリュフ」(うのしまヴィラ)で幕を閉じた。
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シェフがゲスト一組一組のテーブルを訪れ、万雷の拍手でフィナーレを迎えたディナーは、現代にも通じる岡倉天心の自由で豊かな世界観が凝縮していただけでなく、“withコロナ”時代における新しいガストロノミー体験でもあった。
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今回は一夜限りのイベントだったが、2021年1月18日~2月28日まで、それぞれの料理人たちの店で限定メニューが味わえる「茨城県北ガストロノミーフェア」が予定されている。奈良時代に編纂された『常陸国風土記』で「土地が広く、海山の産物も多く、人々は豊に暮らし、まるで常世(極楽)のようだ」と評された茨城県北に訪れ、ほかにはない魅力を体感してはいかがだろうか。
茨城県北ガストロノミー
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