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山梨県・北杜市《Terroir 愛と胃袋》
山梨の魅力を美味しく発信する
泊まれるレストラン【序章】

2023.4.3
山梨県・北杜市《Terroir 愛と胃袋》<br><small>山梨の魅力を美味しく発信する<br>泊まれるレストラン【序章】</small>

いま日本の食や旅を語る上で外せないキーワード「ローカル・ガストロノミー」。その担い手たるは移住したシェフ。その地域の食材や文化に惚れ込んで移住したシェフだからこそ魅せるローカル体験とは。

八ヶ岳山麓に抱かれた江戸時代の趣ある一軒家に広がる洗練された空間。山梨の素材をガストロノミーに昇華した唯一無二の食体験ができるオーベルジュ「Terroir 愛と胃袋」へ。

雄大な八ヶ岳を望む宿場町「長澤宿」の大きな古民家。オーナーシェフ・鈴木信作さん&マダム・石田恵海さん夫妻が理想の建物を探す中で導かれるように出合ったという

宿場町の中心だった問屋場の
古民家をハイセンスに活用

オレンジ、黄色、紫、赤、そして幾重もの緑のグラデーション。鮮やかな色彩が目に飛び込み生命の香りがパッとはじけ飛んだ。「すごいでしょ、この野菜。北杜で『Crazy Farm』を営む、野菜クレイジー(笑)な石毛康高さんがつくってくれるんです」。
 
まるで自分のことのように自慢げに話すのは「Terroir 愛と胃袋」オーナーシェフの鈴木信作さん。北海道から沖縄まで、ローカル・ガストロノミーが全国的に興隆を極めるいま、その一角となる「八ヶ岳ガストロノミー」の旗手として脚光を浴びている。現在でこそ「ワイン県」をうたう山梨県のガストロノミーの発信者として、県内のシェフとソムリエで構成された「やまなし美食コンソーシアム」のメンバーに名を連ねるなど、山梨の食を代表する一人となっているが、ほんの5年前までこの土地とはまったく縁のない人生を歩んでいた。
 
鈴木さんは長野県飯田市生まれ。東京で日本料理とフレンチの研鑽を積み、2011年に三軒茶屋でフレンチ「Restaurant 愛と胃袋」を開業。オーガニックの野菜や健康的に育てた肉類を使った上質な料理と、日本ワインを楽しめる気取りのないレストランは、飲食店激戦区といわれる立地にもかかわらずたちまち人気店となった。

この日の料理に使うヨーロッパ野菜など20種類以上の「Crazy Farm」の野菜
昼夜ともに1組(土・日曜は2組)のみでゆったりと寛げるリビング&ダイニング

鈴木さんの妻でサービスを担当するマダムの石田恵海さんは名古屋生まれ。大都市で育ち、東京では編集者・ライターとしてメディアの最前線で活躍していた。「都会での暮らしが当たり前で、まさか自分の人生に地方へ移住する機会がもたらされるとは想像もしていませんでした」と笑う。
 
はた目には順風満帆に見える生活を送っていたが、日常に少しずつ違和感が降り積もっていった。東京の店で仕入れている野菜や肉の生産者の元を訪れると、そこにはその土地にしかない自然が息づいているのに、わざわざ時間とコストをかけて東京まで食材を運ぶこと。職場と自宅が離れていて、繁盛すればするほど店で過ごす時間が長くなること。夫婦二人三脚で営業するこれまでのスタイルでは、子どもと過ごす時間が限られてしまうこと。東京にいる意味を見直し、移住の可能性を考えはじめる中で、子育てをする環境も考えると東京に未練はなく、子どもたちが小学校に進学する前に、とすんなりと移住を決めた。
 
とはいえ当時はまだローカル・ガストロノミーという概念も浸透しておらず、いまのように情報も多くはなく、不安がないわけではなかった。理想的な土地と建物を半年以上かけて探し続け、北杜の農家の紹介でようやく巡り合ったのが、現在のレストランだ。
 
甲州と佐久を結ぶ「甲州佐久往還」(現在の国道141号線)の旧道に面した小さな宿場町「長澤宿」に佇む築180年の風情ある古民家。かつて街道を行き交う人や馬、荷物の中継地の役割を果たしていた「問屋場」と呼ばれていた場所で、ダイニングとして使っているのは、たくさんの馬がつながれていた元・厩だ。江戸時代の建物に、石田さんがコーディネイトした大正レトロからモダンノルディックまで時代も国境も超越したインテリアが調和して、特別な空間を演出している。

夏でもひんやりと涼しい土間の左手は畳敷きの居間、右手は厩(現ダイニング)につながっている

「僕たちのようなよそ者から見ると、ここ八ヶ岳のふもとは気候に恵まれた美しい土地。料理人としては宝の山に飛び込んだようです」と鈴木さんは言う。地元の人たちは何も知らなかった夫婦を温かく受け入れ、仲間としてつながってくれた。多くの縁と支えがあってその輪はどんどん広がり、いまこの土地が誇るべきガストロノミーとして大きな花を咲かせようとしている。
 
鈴木さんのメニューには「ALL STARS」として、肉や魚から野菜、小麦粉、お茶やコーヒー、ワインにお酒、うつわや和紙に至るまで、その日の食卓をともにつくる仲間たちの名前がずらりと列記されている。彼らから託された思いを受け止めて、自らの手で世界に通じる最高の料理へと昇華する。その情熱が鈴木さんの料理をかたちづくっている。

地元の生産者とのつながりを大切に

源泉から湧き出す八ヶ岳南麓高原湧水群のきれいな水で「川魚専門店 みやま」2代目の大柴明光さんが育てた、脂がのった虹鱒やイワナはシグネチャーディッシュに
最高の肉だけを扱うといわれる滋賀の精肉店「サカエヤ」の新保吉伸さんから完全放牧牛「ジビーフ」を仕入れている。写真はリブロースとフランク(外バラ)
北杜・津金のリンゴから起こした天然酵母で「八ヶ岳南麓ファーム」の小麦粉「ゆめかおり」の全粒粉を仕込んだ自家製パン。季節で桃やたんぽぽを使うことも

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text: Shifumi Eto photo: Atsushi Yamahira
Discover Japan 2023年3月号「移住のチカラ!/移住マニュアル2023」

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