清澄の里 粟・三浦雅之さんによる、
はじまりをめぐる大和2日間の旅。【前編】
奈良で大和の伝統野菜を究めてきた三浦雅之さんが、食のみならず薬草などの歴史や文化に触れる旅を提案。いわゆるグルメ旅ともただの観光旅行とも異なる、味わい深い時間へと誘ってくれた。
大和伝統野菜の研究者であり、自らそれらを育てて提供するレストラン「清澄の里 粟」や「 coto coto」などを経営している三浦雅之さん。京都府出身で10代の頃から奈良に縁ができ、長年奈良に住み続けてきた三浦さんが勧める大和旅とは?
「まず、奈良県のふたつの顔である奈良盆地と、奥大和の大和高原を楽しんでいただけたらと考えました。訪れる皆さんには、古都だった奈良盆地の“雅”な様子と、大和高原のいい意味での“鄙び(田舎らしさ)”、その両方を感じていただきたいなと思っています」
その中で浮かび上がったのが「はじまり」というキーワード。
「実は、古都・奈良はいろいろなものや文化がはじまった土地なんです。今日まで綿々と受け継がれている大和の文化や歴史、発祥をめぐる旅をご提案します」
奈良には多くの「はじまり」があるが、今回の旅で回る奈良市、天理市、宇陀市、曽爾村のスポットについて紹介してもらった。
「奈良市は、清酒発祥の地である『正暦寺』があり、夏まで氷を貯蔵した古代の冷蔵庫である氷室の発祥地で、『氷室神社』もあります。また天理市には、日本最古の神社のひとつで“はじまりの神宮”といわれる『石上神宮』があります。そして曽爾村は漆文化の発祥の地。ここ奈良で、暮らしにまつわるあらゆる文化がはじまったんです」
特に三浦さんが近年関心を寄せているのが、薬草文化だ。三浦さんはこれまで、地域に吹いている風土、風味、風景、風習、風物、風俗、風情という「7つの風」を大事にし、活動を続けてきた。最近ではこれらとつながる住家、食料、エネルギー、学び、なりわい(生活工芸)、芸術と助け合い、豊かさと幸せ(健康)という「7つの自給率」も大事にしたいと考えている。その中で「薬草についても深めたい」と考えるようになったとか。
『日本書紀』に日本ではじめて薬猟を行った記録があり、その舞台となったのが宇陀市だ。現在の宇陀市大宇陀迫間や中庄周辺の阿騎野で、男性は薬効の大きい鹿の角を採り、女性は薬草を摘んだ。
こうした歴史があり、さらに同市は「信天堂山田安民薬房(現ロート製薬)」、「中将湯本舗津村順天堂(現ツムラ)」、「命の母本舗笹岡省三薬房(現笹岡薬品)」といった製薬会社の創設者を輩出している。それで同市は現在も、“薬草を活用したまちづくり”を推進しているのだ。
宇陀市の中でも重要伝統的建造物群保存地区に選定されている松山地区は、かつて商人の町として栄えたところ。現在も宇陀市歴史文化館「薬の館」や、日本最古の私設薬草園として現存する「森野旧薬園」があり、すぐ近くに薬草料理を食すことのできる「大願寺」もある。
「薬の歴史を学び、薬草をじかに見て、薬草料理を食べることができます。薬草や漢方に関心のある人にとってはメッカですし、この3カ所ともぜひ訪れていただきたいところです」
また、“老若男女誰でも楽しめるところ”として紹介してくれたのが曽爾村だ。秋になるとススキ野原を見に多くの人が訪れる曽爾高原は開放的なところで、温泉やクラフトビールなども楽しめる。宿泊施設の「森のオーベルジュ 星咲〜きらら〜」は、三浦さんが「大和高原の中でも屈指のオーベルジュだと思います。オーナーの芝田夫妻のお人柄もよく、大和野菜をふんだんに使ったお料理も美味しいです」と絶賛する。
知的好奇心とお腹を満たし、歴史に思いを馳せる──。もしかしたらそんな旅から、目指すべき未来が見えてくるのかもしれない。
大和の伝統野菜ってなんですか?
•戦前から奈良で生産されている
•地域の歴史や文化を受け継いだ独特の栽培方法
•味、香り、かたち、由来などに特徴がある
奈良県が上記の条件をもとに認定している野菜を「大和の伝統野菜」という。大和まな、宇陀金ごぼう、千筋みずななど、20種類が認定され、三浦さんはそれらを育てる県内の生産者を訪ねるなどの活動もしている。
text: Yoshino Kokubo photo: Yuta Togo
2020年11月号 特集「あたらしい京都の定番か、奈良のはじまりをめぐる旅か」