染色工房《染司よしおか》
『源氏物語』の紫とは?平安の色の豆知識【後編】
絹地を染めるのは、目が覚めるように鮮やかな、透明感ある色。これが「日本の伝統色」だといえば、意外に感じる人もいるかもしれない。今日、和のイメージとして語られがちな少し濁りある色は、戦国時代以降の「わび・さび」の影響を受けたもので、王朝時代を彩った色はもっと鮮やかで澄んだ輝きをもっていたという。
後編では、四季ごとの自然の繊細な移ろいを映しだす「かさねの色目」や王朝時代の色の豆知識についてよみ解いていく。
四季の移ろいを映し出す“かさねの色目”
《春》
桜のかさね。満開の桜が風に揺れるかのような雰囲気で、左から生絹(すずし)、薄紅花染二段、濃紅花染二段。平安時代、中国由来の梅に代わる春の象徴として日本で愛されるようになった桜は、その名がつくかさねも数多い。
《夏》
藤のかさね。初夏の花、藤の萌えいづる葉と、紫から白へとグラデーションする花の姿を表している。左から紫根染の濃淡三段、生絹、蓼藍と黄蘗染。萌黄で葉の色を添えた色目は、往時の人の自然との近しさを物語るよう。
《秋》
紅葉のかさね。落葉樹が黄や赤に染められたさまを映す。左から茜染の濃淡三段、安石榴染、楊梅染。奈良時代には葉が黄色になる木が多かった中国の影響で「黄葉」と書かれていたが、平安時代には「紅葉」の表記が一般的に。
《冬》
鈍色(にびいろ)のかさね。通年使えるが、冬の寒々しい山を映すような黒系の色目だけに冬によく登場する。左から矢車染の濃淡五段。「暮れる(太陽が沈む)」に通じる黒は、停滞を意味し、葬送の悲しみを表す色でもある。
平安貴族の間の流行色は?
平安時代の宮中や貴族の女性たちの間では、紅花で染めたかなり濃い赤色が「今様(いまよう)色」としてもてはやされた。今様とは当世風、つまり“いまはやりの”という意味で、当時の流行色。身分の低い人にも許された「聴色(ゆるしいろ)」は、一斤(約600g)の紅花で絹一疋(二反)を染めた一斤染の淡い紅色だったが、今様色はその倍以上の紅花を贅沢に使って繰り返し染めた、輝くような赤色だった。
『源氏物語』の“紫”とは?
紫は古代から高貴な色とされ、聖徳太子が制定した冠位十二階では、最高位の色とされた。源氏物語では光源氏をはじめ貴顕の装束にしばしば登場するが、そこでは「深(こき)」、「薄(うすき)」などと書かれ、紫の字は記されない。光源氏は最愛の女性、紫の上に「葡萄染(えびぞめ)」の小袿(こうちぎ)を贈る。葡萄色は紫根をたっぷり使って染めた、やや赤みを帯びた濃い紫。
紙も植物染めしていた
平安時代の貴族は和歌をしたためた文を頻繁に交わした。その際、文字を書きつける紙は草木で染められた色とりどりの紙で、季節に応じ組み合わせて使った。この和紙を染める技術を、染司よしおかでは継承し、社寺の行事に捧げる和紙花に生かしている。写真は毎年9月15日に石清水八幡宮で行われる勅祭・石清水祭の供花神饌。四季を表す12の花台を草木で染めた和紙でつくり奉納している。
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雅な色を暮らしに取り入れる
京都・祇園、骨董店や茶道具店などが並ぶ新門前通の「染司よしおか 京都店」で、植物染めのアイテムを手に入れることができる。羽衣のように美しい絹染めストールをまとえばお出掛けが華やぎ、やさしい風合いの麻染め小物を身近に置けば、自然の息吹がそっと寄り添ってくれるよう。
染司よしおか 京都店
住所|京都市東山区西之町206-1
Tel|075-525-2580
営業時間|10:00~18:00
定休日|水曜
text: Kaori Nagano(Arika Inc.) photo: Mariko Taya
Discover Japan 2024年11月号「京都」