世代を超えて日々深化する《常山》の酒造り
|福井ならではの四季を表現する酒蔵へ【前編】
夏酒と聞いて、どんな酒をイメージするだろう——。暑い夏には、すっきりとした飲み口の日本酒を欲するし、シュワシュワとはじける発泡性の日本酒も心地いい。アルコール度数が低いもの、酸が高いもの、冷房や冷たい飲み物で冷えた身体を温める燗酒をイメージする人も少なくないだろう。夏の季節感を表現する「夏酒」が誕生してから、およそ18年。蔵元の代替わりなども経て、業界のトレンドも少しずつ変化してきた。そんな日本酒新時代にふさわしい夏酒とは、どんな酒なのだろうか。
日本酒ペアリングの第一人者である千葉麻里絵さんは、「土地の四季を表現する酒蔵が醸す夏酒、という切り口は新しい」とアドバイスしてくれた。編集部は、そんな新時代の夏酒を求めて福井へ。日本の原風景ともいえる、この美しい自然から生まれた米で酒を醸す、創業220年の老舗酒蔵「常山」醸造元を訪ねた。
2022年に9代目蔵元に就任した常山晋平さんが打ち出した、四季を表現する常山の酒造りとは?
2022年10月1日、常山晋平さんの9代目蔵元就任を機に「常山」ブランドはフルリニューアルを遂げた。日本酒ソムリエの千葉麻里絵さんも「淡麗芳醇を追求する常山のお酒は、単なる辛口とは異なり、ベースに福井の風土や食文化を感じることができる」と、酒質だけでなく蔵元のスタンスにも注目している。
「親父は、常山ブランドを立ち上げた後、ほどなく他界しているので、志半ばだったと思うんです。しかしコロナ前までの僕は、酒を造らなきゃいけない・売らなきゃいけないと突っ走るだけで、福井という土地で酒造りをする意義を見出せていなかった」と振り返る晋平さん。コロナ禍が酒造メーカーに大打撃を与えたことは想像に難くない。しかし、そんなピンチをチャンスととらえ、晋平さんは自身が“福井で酒を醸す”意義を考える。
導き出した答えは、蔵の大義にも掲げている「和を醸す」ことだった。
「造り手の和からよい酒が生まれるという『和醸良酒』という言葉をさらに深掘りし、自然や伝統との調和、地域との友和や仲間との相和、日本酒を好きでいてくれる方々との親和を醸すことが、これから常山がやっていくべきことじゃないかと考えました」
常山リニューアル後のラインアップは、食との調和、地域との友和、自然との調和、伝統との調和、そして匠との相和を軸に展開している。つまり、研鑽された技術をもって風土を醸しているのだ。
「日本酒蔵は全国にあり、春夏秋冬といっても東北と北陸とでは景色が違いますよね。風景はもちろん、食材や肌で感じた空気も違う。ですから地酒蔵として風土を醸すのであれば、自分が育ってきた福井の四季を表現すべきだと思ったんです」
福井には、越前の緑豊かな山々と若狭の清らかな水からなる自然を表す“越山若水”という言葉があるように、山海の幸が揃う食の宝庫でもある。「季節のお酒を通して、福井ならではの景色や旬の食材も楽しんでもらいたい」と言う晋平さんが醸す夏酒が「常山 純米吟醸 玄達」だ。玄達とは、毎年6月〜8月頃の2カ月間だけ解禁する特大サイズのヒラマサや真鯛が釣れる幻の海域「玄達瀬」から命名。白身魚などのさっぱりした食材を欲する夏の食事にもマッチした、ラムネのような爽快感のある味わいが特徴だ。中編では、常山の夏酒を構成する4要素について深掘りしていく。
line
【中編】
≫次の記事を読む
1 2 3
常山晋平さん
常山酒造9代目蔵元。関西学院大学経済学部卒業後、大手清酒メーカーの営業職を経て27歳で家業へ。その3年後には醸造責任者を務め、2022年10月1日に9代目蔵元に就任。常山ブランドのフルリニューアルを手掛ける
text: Nobuhiko Mabuchi photo: Tomoaki Okuyama
Discover Japan 2024年6月号「おいしい夏酒」