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人とつながる、人と育む
福井の暮らし【中編】

2022.2.10
人とつながる、人と育む<br>福井の暮らし【中編】

壮麗な海と山が市内に凝縮され、高い幸福度を誇る福井。傍目から見ればこの地は宝の山だが、人は得てして身近なものの魅力に気づきにくい。謙虚で地元愛あふれる市民の姿をひも解けば、真に豊かで心地いい暮らしが見えてきた。

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《福井に暮らす人 case 2》
やりたいことを表現できる。
それが街の景色になっていくから
おもしろいんです

気づけば身近な場所にやりたいことが転がっていた
荒波打ちつける雄々しい日本海。眼前に海が広がる「越廼サテライトオフィス」で出会ったのは、地域おこし協力隊としてやってきた髙橋要さんだ。

現在は多様な働き方を試行する「akeru」にてライターやコーディネーターとして活躍するかたわら、次代の生業をつくる企業「ノカテ」の代表も務め、さらには越前海岸盛り上げ隊としても活動中。いま注目のパラレルキャリアを地方都市で実践中とあり、そこだけに注目すれば“イマドキ”かもしれないが、落ち着いた面持ちで語る髙橋さんには、確固たる軸がある。それは「誰かの人生にかかわる仕事がしたい」ということ。

髙橋さんが暮らすのは、福井市西部に位置する殿下地区。市街地から車を30分ほど走らせた場所にある山間の村で、居住者の平均年齢は70歳超え。数字だけを見れば市内でも限界集落に近い状態だが、気づけばその場所にて7年以上も暮らしているという。

「僕自身も福井市に住むとは思っていなかったというか。出身は山形県で、教員になりたいと思い新潟の大学院に進んだのですが、そこで新潟県中越地震の震源地付近の長岡市の小さな集落と出合ったんです。教員を目指していたのも人とかかわりたいというのが根底にあったのですが、その集落で暮らす中で、対象が子どもたちから地域の人たちに拡張されたというか。そこから知り合いのツテで運よく殿下地区とのつながりをもち、地域おこし協力隊として活動することとなりました」と髙橋さん。やりたいことのある場所がたまたま福井だったというほうが正しいが、なぜかこの街の雰囲気にしっくりと馴染んでいるから不思議である。

「街っていうのは『ここでこれをやりたい』という、一人ひとりのリアルな暮らしの集積なんです。なんとなく田舎暮らしに憧れて……だと移住のハードルは高いですが、僕が街づくりに携わりたいと思っていたように、目的があればいろいろなチャンスが身近に転がっている環境ですね」と、そこに住まう人たちと何をやりたいかが、移住を成功させる上でのキーポイントだという。

中でも髙橋さんが注力している事業が、ノカテが行う日本水仙のリブランディング。越廼サテライトオフィス周辺は可憐な日本水仙が咲き誇る産地だが、生業としては芳しいとはいえない。

「生け花として出荷される際には、花付きの具合や葉の色などを厳しい規格通りに選別しなくてはならないんです。だから跡を継ぐ人が年々少なくなっているんですが、既存の規格に合わなくても新しい価値観でとらえ直すことで、この越前海岸の景色をつないでいけるのではないかな」と、次世代の水仙農家を生業として成り立たせるための仕組みづくりを考えている。

厳冬の日本海で可憐に咲く日本水仙の姿は、謙虚で控えめな県民性と一致するという。しっかりとした街づくりを描きながらも、一歩引いた姿勢を見せる髙橋さん。その姿から見つけた移住成功の秘訣。それは、県民性と人柄が似通っていることが定住につながるかもしれないということだ。

越前海岸盛り上げ隊で古民家再生
越前海岸からほど近い蒲生町の旧商店街に位置する古民家を、越前海岸盛り上げ隊が自らの手によりリノベーション。訪れた人が暮らすように宿泊できる“人の駅”とあって、移住検討者が長期滞在する際にも最適な施設だ。

多様な働き方でまちづくり事業を実施
「akeru」はフリーランス集団だが、中には“ダブル正社員”という新たな働き方を実践する方も。地域の魅力を客観的な視点で見つめ直しつつ、それぞれの在りたい姿を大切にしながら社会に貢献することがakeruの使命。地元企業や市役所からの大きな案件も舞い込んでいる。

akeru
住所|福井県福井市中央3-5-12 1F
https://akeru.design

日本水仙をおしゃれに飾る、習慣を提供
厳冬とともに産地一帯に広がる日本水仙の姿は、越前海岸の風物詩。だが“既存の規格には合わない”というだけであぶれてしまう花たちに、新たな付加価値をもたせようと、ノカテではブーケなどに仕立てて販売している。

ノカテ
https://nokate.theshop.jp

移住Q&A
Q.福井に暮らしてからはじめた趣味は?
A.福井市内はとても広く、車移動が増えたからこそ、運転中でも楽しめるポッドキャストを聞く時間が増えました。実は最近盛り上げ隊でも、ポッドキャストをはじめています

Q.福井市内でよく行く場所、好きな場所は?
A.殿下地区にいると車社会なので歩く機会がありません。だからこそ市街地のオフィスに行った際は足羽川の河川敷まで向かい、豊かな時間を感じながら散歩を楽しみます

Q.利用した移住制度は?
A.「地域おこし協力隊」としてやってきたので、その際に現在住んでいる殿下地区の空き家を紹介してもらうなどしました。福井には移住までに3回ほど足を運びましたね

Q.ズバリ、福井の魅力は何?
A.仕事のつくりやすさですね。都市部よりプレイヤーの数が圧倒的に少ないからこそ、「要くんならできるんじゃない?」と、自分のスキル以上の仕事に恵まれています

真ん中)福殿下地区/ ライター・まちづくりコーディネーター 髙橋 要さん

一日のスケジュール例
8:30   起床・軽く朝食
9:30   メールチェック
11:00  昼食
12:00  移動 ポッドキャスト
13:00  オフィス到着、仕事
18:00  夕食
19:00  仕事
23:00  移動 ポッドキャスト・買い物
24:00  帰宅 YouTube
25:00  就寝

移住後は車移動が増えたからこそ、運転中でも楽しめるポッドキャストを聞く時間が増えたそう。こまめな休息を挟むなど、時間に追われずフレキシブルに働いている。

髙橋要(たかはし・かなめ)
山形県生まれ。2015年10月に福井市に移住。現在では福井市と各地域をつなぐキープレイヤーとして多彩なジャンルのまちづくり事業で活躍しており、情報発信のキーマンとしても期待されている。

《福井に暮らす人 case 3》
人生はワークアズライフ。
自分がしたいことをして生きる
環境が揃っているのが福井

かつて寿司店だった店を間借りして営んでいる、和食店「むつのはな」。営業日以外は、セルフカフェとして利用されている

好きなことと人に囲まれ、地元で真剣に生きる
「東京の友人たちも、縛られていない人ほど地方がおもしろいと移住を決めています。生きることに真剣に向き合ったときに出合った“ワークアズライフ”は私にしっくりきたもので、福井に来てからこの部分はさらに研ぎ澄まされました」と話すのは、2020年にUターンを決めた五十嵐美雪さん。高校時代から茶道部に所属するほど日本文化に興味をかき立てられ、なおかつ教育にも関心が高かった五十嵐さんは、古文の先生になりたかったという。そこで大学進学を機に教職を目指して上京するものの「自分の中の哲学を見返したときに、大切なものの一つひとつが“食”というキーワードでつながったんです」。そこで日本文化を深めるなら料理だと確信した五十嵐さんは、卒業後は何より好きな日本文化と和食を学ぶべく、本場京都に料理修業へ。その後は東京でチャレンジしてみたいと、28歳で再び上京することとなった。

東京ではイタリアンの名店「Restaurant L’asse」にて副料理長を経験し、念願の子どもにも恵まれた五十嵐さん。東京での生活を謳歌しており、福井にはまだ帰りたくないと思っていたという。しかしながら学生時代より「全国学力・学習状況調査」、「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」では常に全国トップクラスを独占するなど、地元の教育水準の高さを知っていた五十嵐さん。心のどこかでは子どもの教育は福井で受けさせたいと思っていた。いずれ家業を継がなければという重責も背負っていたのだが、コロナ禍により家にいる時間が多くなったことをきっかけに、考えを転換。「何より好きなお茶会がなくなり、実家の後継者問題も濃厚になりました。このまま東京にいても意味がないと思い、1カ月半でUターンを決断。思い立ったら即行動なんですよね」と笑う五十嵐さんは、バイタリティにあふれている。そこからは日比谷にある福井市東京事務所に連絡を入れ、移住制度の相談へ。オンラインで相談に応じるなど、市の担当者が親身になってくれたからこそ、スピード移住が実現したそうだ。実のところ福井でケータリング店を営もうと考えていた五十嵐さんは、2年ほど前にも福井市東京事務所に足を運んでいるが、あと一歩が踏み出せなかった。「東京では難しいと思っていたことが、福井ではできるということを気づかせてくれたあの時間が、後押しをしてくれました」。

現在は週2回のみ営業する鯖江市内の「むつのはな」にて、“茶の湯の精神を取り入れたコース”を提供している五十嵐さん。食材の仕入れ状況と、その日のインスピレーションにより全13品のコース内容は毎回変わるが、その根底にあるのは、地のものを使い五味をバランスよく取り入れること。名店で鍛え上げられた確かな腕前とあり、すでに県外からも客人が訪れる人気店となっているが、決して営業日数を増やすことはない。

「土日と夜は子どもと一緒に過ごしたく、仕込みに丸1日半かかることや家業などから逆算したら、週2日の営業が限界なんです」と、そこには料理人・茶の湯者・母親・経営者と、多彩な顔をもつ五十嵐さんらしい理由があった。

ライフスタイルに合わせて営業は週2日のみ
家業を継ぐために福井市に戻ってきた五十嵐さんだが、料理も育児も趣味の茶の湯も全力投球。すべてをおろそかにしないためにも、仕込みなどの時間から逆算して考えると、むつのはなの営業は、週2日がベストだという。

焼き物
「敦賀のサワラは裏切らない」と話す五十嵐さん。志野製塩所の塩でシンプルに味つけした魚料理には地産の野菜に加え、カリッとした食感を残した焼き柿が添えられている
椀物
「九頭竜まいたけ」を使用した「しんじょうの蕪餡かけ」。生きくらげやインゲンの食感を取り入れた一杯は、仕入れによりメニューを組み立てたとは思えない
デザート
五十嵐さんが師匠から受け継いだ、三つ星レストランの味。オーガニックココア・卵・生クリーム・砂糖とシンプルな材料ながら、口どけとともに至福の味わいを醸し出すレシピは門外不出
お抹茶
都内で唯一、石臼の挽きたて茶葉を提供している「小石川 香炉園」の抹茶を使用。料理人兼茶の湯者として活躍する五十嵐さんがおすすめする「駒影」の薄茶で、茶会席の精神を楽しみたい
コースで提供されるうつわやスプーンにも注目
何が出るかわからないその日の料理に合わせ、五十嵐さんが感性で選ぶうつわも見どころ。漆器の街として有名な越前とあって、蒔絵職人に特注したスプーンは、漆の技法が詰まった五十嵐さんのお気に入り
福井市生まれ。京都での修業後、10年連続ミシュランで星を獲得する都内イタリアンで副料理長を経験。茶会席にも精通する

移住Q&A
Q.福井に暮らしてからはじめた趣味は?
A.水源が豊富なこともあり、夏は鯖江市周辺まで出掛けて野点を楽しむことも。最近は自宅で子どもたちにお茶を教えるなど、東京ではやらなかったこともはじめました

Q.福井市内でよく行く場所、好きな場所は?
A.学生時代は市内の狭いエリアでしか生活していなかったため、山や海といった自然が近いことに気づかされました。むつのはな界隈も、移住してからはじめて訪れた場所です

Q.利用した移住制度は?
A.移住支援金制度です。本来であれば事業支援金なども申請できたのですが、急いで移住を決めてしまったこともあり、ひとつの制度しか利用することができませんでした

Q.ズバリ、東京に戻りたいとは思いますか?
A.家業を継ぐために戻ってきたので、その気はまったくありません。茶の湯文化が花開いた京都も金沢も近いので、私が思い描く、暮らしも趣味も謳歌できる場所だと思っています

一日のスケジュール例
◎むつのはな営業日
3:00      起床 仕込み
7:00      子どもの準備、保育園送り
9:00      出勤 仕込み・営業準備
11:30~16:00 営業
18:30     片づけ終了
19:00     帰宅
20:00     営業集計 翌日の営業準備

◎家族といる日と趣味の時間
8:00  起床
10:30 公園(子どもの好きな場所)
12:00 昼食
13:00 自分の好きな場所に子どもと出掛ける(山、海、作陶、美術館など)
18:00 帰宅

自身の仕事に子どもとの時間と、曜日ごとにスケジューリング。常に予定を詰め込んでしまうという五十嵐さんだが、福井でワークアズライフを実現している。

五十嵐美雪(いがらし・みゆき)
福井市生まれ。京都での修業後、10年連続ミシュランで星を獲得する都内イタリアンで副料理長を経験。茶会席にも精通する。

むつのはな
住所|福井県鯖江市河和田町24-13 こま膳内
Tel|090-5178-2414
営業時間|11:30〜16:00
定休日|月・火・金〜日曜
www.instagram.com/ricka_yukinohana

 

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text: Natsu Arai photo: Kenji Okazaki illustration: Fumiaki Muto
Discover Japan 2022年3月号「第2の地元のつくり方」

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