東高知の伝統と芸術に触れる旅|後編
漫画家・やなせたかしの故郷《高知県香美市》
連続テレビ小説『あんぱん』の舞台へ

高知観光への目的として、坂本龍馬、四万十川などがよく挙げられるが、いま注目したいのが東高知。神聖に祈る民間信仰から国民的キャラクターの聖地まで、地域に根づく伝統と芸術が魅力。後編では、アンパンマンを生んだ漫画家・やなせたかしの故郷へ。2025年春から放送されるNHKの連続テレビ小説『あんぱん』の舞台を満喫する旅をご紹介。
やなせたかし
1919年生まれ。漫画家、詩人、デザイナー、絵本作家など、さまざまな仕事を経験。1973年に発表された絵本『あんぱんまん』が人気となり、アニメ化もされ、ライフワークとなるほどの代表作に。2013年に亡くなるまで生涯現役でアンパンマンを描き続けた。
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アンパンマンを生んだ漫画家
やなせたかしのふるさとへ

1歳の記念写真(1919年)。出生地でもあり、少年時代を過ごした場所でもある高知を大切にした
誰もが知る国民的キャラクター「アンパンマン」の作者であるやなせたかしが、故郷として生涯大切にし続けたのが香美市だ。高知で生まれ、一時期は東京で過ごしたものの、父を亡くしたことを機に母と高知に帰郷。ほどなく母が再婚し、先に弟が養子となっていた伯父のもとに預けられることに。戦死した弟との思い出をつづった『やなせたかし おとうとものがたり』を読むと、両親の故郷である香美市の山や川で弟と遊んだ夏休みの記憶が、どんなに掛け替えのないものかが伝わってくる。

漫画家として独立したがほかの仕事が多く、舞台美術や歌曲の作詞にも携わった(1953年)
幼い頃から漫画を描くのが好きだったやなせは、終戦後に上京し、百貨店でグラフィックデザイナーとして働きつつ漫画家を目指した。34歳で独立し、漫画家に加え詩人や絵本作家、作詞家、編集者としても活躍したが、代表作がなく悩んでいたという。

絵本『あんぱんまん』第1作(1973年)。シリーズを重ねる中で読者である子どもに近い3頭身に

アニメ『それいけ!アンパンマン』は1988年に放送開始。テーマソングもやなせが作詞
そんな中、54歳で発表した絵本『あんぱんまん』が子どもに人気となり、アニメ化で大ヒット。その後も精力的に活動を続け、90歳を過ぎ引退を考えていた頃、東日本大震災が発生。彼が作詞した『アンパンマンのマーチ』が被災地の子どもばかりか大人の胸も打ち、放送局にリクエストが相次いだ。この報を聞いて引退を撤回。被災地支援を行い、94歳で亡くなるまで創作を続けた。
やなせが77歳の年に完成した「香美市立やなせたかし記念館」は、その多彩な創作活動の集大成でもある。鮮やかな色使いの原画や味わい深い自筆の詩、構成力も見事な大型絵画など見応え満点。美術館ながら正面はガラス張りで、太陽の光が燦々と入るのもユニークだ。「香美市の山並みや高く抜けた空。やなせが愛したふるさとの風景がここから見渡せるんです。青い空に雲がぽっかり浮かんでいると、これがアンパンマンの原風景なんだと感じます」と、やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団の事務局長(学芸員)・仙波美由記さん。高知県の風景に身を置くと、やなせたかしが生んだアンパンマンの世界がいっそう温かく心に染み入る。
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やなせたかしが生きた94年をおさらい
1919年 高知県在所村(現・香美市)出身の両親の長男・柳瀬嵩(やなせたかし)として生まれる(写真1)。
1924年 父が単身赴任先の中国で客死。母と高知県高知市で暮らす。
1926年 母の再婚により、弟と高知県南国市にある伯父の家で暮らす。
1937年 東京高等工芸学校工芸図案科(現・千葉大学工学部)に入学。
1941年 招集され、福岡県小倉にある陸軍に入隊。
1946年 復員。高知へ帰郷し、弟の戦死を知る。高知新聞社に入社し、同僚として小松暢と出会う。
1947年 高知新聞社を退職。上京し、三越百貨店に入社。
洋画家・猪熊弦一郎がデザインした包装紙「華ひらく」の制作に携わり、レタリングも手掛けた。
1949年 暢と結婚。
1953年 三越百貨店を退職。漫画家として独立するが、それ以外の仕事も多く手掛ける(写真2)。
1961年 歌曲『手のひらを太陽に』を作詞(作曲:いずみたく)。
1973年 雑誌『詩とメルヘン』(サンリオ)が創刊され、編集長を務める。
月刊保育絵本『キンダーおはなしえほん』(フレーベル館)に『あんぱんまん』掲載(写真3)。
1988年 日本テレビ系列で『それいけ!アンパンマン』放送開始(写真4)。
1996年 「香美市立やなせたかし記念館」開館。
2013年 94歳で永眠。高知県香美市の「やなせたかし朴ノ木公園」に、妻・暢とともに眠る。
2025年3月29日 香美市立やなせたかし記念館がリニューアルオープン予定。
2025年3月31日 やなせたかし夫婦をモデルとしたNHKの連続テレビ小説
『あんぱん』が放送予定。
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やなせたかしが愛した地を訪ねて
《香美市立やなせたかし記念館》3月29日リニューアルオープン予定

3月29日リニューアルオープン予定。同館のために描き下ろされた絵画や壁画、絵本や漫画の自筆原稿のほか、原作の世界観を大切にした立体展示など、見どころ満載! 順路もなく自由にめぐれる。
住所|高知県香美市香北町美良布1224-2
Tel|0887-59-2300
開館時間|9:30~17:00(最終入館16:30)
休館日|火曜(祝日の場合は翌日休)※リニューアル工事のため3月28日まで休館
料金|一般1200円、高中生500円、3才以上300円
https://anpanman-museum.net
《やなせたかし朴ノ木公園》

柳瀬家跡地にある、やなせ夫婦の墓地公園。のどかな田園に囲まれ、アンパンマンとばいきんまんの石像が斜めを向いてやなせたかし記念館を見守っている。石碑の詩「ホオノキ」がこの風景の中で優しく心に響く。
住所|高知県香美市香北町朴ノ木405
開園時間|24時間
休園日|なし
料金|無料
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【どっぷり高知旅】
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©やなせたかし ©やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV
text: Miyo Yoshinaga photo: Tomoaki Okuyama
2025年4月号「ローカルの最先端へ。」