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喫茶を愛する菊池亜希子さんに聞く
「朝喫茶」の悦び
東京下町の老舗《喫茶ワンモア》

2023.5.27
喫茶を愛する菊池亜希子さんに聞く<br>「朝喫茶」の悦び<br><small>東京下町の老舗《喫茶ワンモア》</small>

街場の喫茶文化をこよなく愛する、女優・モデルの菊池亜希子さん。モーニングは「日常の幸せ」の極みとし、美味とともに安らぎも嗜む。東京・下町の老舗「珈琲ワンモア」で、朝喫茶の悦びをうかがいました。

菊池亜希子(きくち・あきこ)
1982年、岐阜県生まれ。女優・モデルとして活躍するかたわら、『菊池亜希子ムック マッシュ』編集長を務める。街に息づく名喫茶を紹介する著書『好きよ、喫茶店』(マガジンハウス)などあり。いつか喫茶店を開く夢をもつ

喫茶店はその地域を知る入り口です

豆から焙煎する深煎りコーヒーにぴったり合う、名物のフレンチトースト600円。「最初はレモンをのせただけだったけど、お客さんがレモンを搾りかけて食べているのを見て、テーブルに出す前にもレモン汁をかけるようになった」とマスター。食べる人を思って進化した逸品だ

春めく朝に選んだ朝食は、 デザートと見まがうフレンチトースト。卵液たっぷりにレモンの輪切りが映える姿に、「甘さだけでなくレモンの酸味があって爽やか。ん〜朝にほどよいお味」と目尻を下げる菊池さん。「銅板で焼くトーストは、熱の伝導がよいから、ひと味違う焼き加減だよね」と応じるマスターの福井明さんは、御年85。
 
メニューのほとんどが1971年の創業からそのままで、名物は□と○。四角のフレンチトーストと双璧をなす丸のホットケーキだ。先だってテレビ番組に取り上げられ、いっとき朝からホットケーキ客であふれていたとか。
 
「どれも特別な材料は何も使ってないよ。普通のいい材料で手順を守って、丁寧につくっているだけ」とマスターはさらり。ホットケーキは銅板で、型を使わず、ムラなく同じかたちに焼く。フレンチトーストのレモン汁のあんばい、焼き過ぎず浅過ぎず焙煎するコーヒー豆、と隅々まで。こだわりを誇張せず手を抜かない、気概と良心の仕事に、いつも背筋が伸びるという菊池さん。
 
「長年やっていることでも、一つひとつの注文に手を尽くす。マスターの思いの込め方は、すごいことだと思います」。永く愛されてきた喫茶店には、人生の教えが満ちている。
 
喫茶店は美味だけでなく、居心地もごちそうだ。「ワンモア」でいえば、すりガラス越しの柔らかな光、時間を醸す内装、気取らないサービス、店内で行き交うおしゃべりにも、菊池さんは愛すべき景色を拾って心躍らせる。
 
「喫茶店は、その店のマスターの城。ほかで見掛けないインテリアや手書きのメニューに、温かさを感じます」

バターを塗って供される2段重ねのホットケーキ600円。メープルシロップをかければ塩味と甘さが混ざり絶妙な味わいに。ピンク色にときめく、春限定・いちごジュース700円
カウンター内は一段下がった造作で、客席からコーヒーを淹れる様子を味わえる。「親戚のような」と菊池さんが慕うマスターは、かつて渋谷の伝説の喫茶店で修業し、一度は映画制作の仕事に携わった経歴があり、人間力が魅力
40年以上使う銅板で焼くホットケーキ。小さな生地で試し焼きしながら、ヘラを使って丸いかたちをつくり、色かたちよくこんがり焼き上げる。外はサクッと、内はふっくら

そんな喫茶愛のルーツは、喫茶大国・岐阜育ちにあり。いわく、パリジェンヌが寝起き髪で朝カフェするごとく、岐阜県民は喫茶モーニングへ通うとか。
 
「岐阜って、一世帯あたりの喫茶代が日本一らしいんです。幼い頃は近所の喫茶店で託児所のように過ごし、休日の朝には母の掛け声で、家族でモーニングに行くのは生活の一部でした」
 
飲み物1杯の値段で、トーストに卵やサラダは当たり前、焼きそばやナポリタン、あんこやフルーツまで盛りもり。そんな岐阜モーニングを「普通」に育ち、さらに喫茶店に通って幾年月。その愛は家の朝食にも浸透している。
 
「パンに前日の味噌汁を添え、冷蔵庫のおかずをちょこちょこ、モーニング風にプレートに盛り合わせて。喫茶店のバタートーストのように、切り方を十字やサイの目、田の字と試しながら、こんなことも喫茶店を開く練習かなって夢を楽しんでいます」
 
多忙でも、「心の片隅に喫茶店」を携えて。あるときは都心でサクッと、神田駅そばの名喫茶「エース」へ。岐阜への里帰りでは、両親が通う「喫茶 」へ。旅先では、観光名所を差し置いても喫茶店へ足を運ぶとも。
 
「タクシーの運転手さんに聞き込みをして、情報収集もします。その土地に馴染むのに、地域に根づいた喫茶店はうってつけだと思うんです」
 
京都の「喫茶チロル」では朝ごはんの後に、近所の寺院に寄り道して気持ちを整えたり、土地勘のない富山で訪れた喫茶店「やまむろ」では、新聞を広げる常連に混じって、構えず安らいだり。その地ならではの風土や歴史、日常のあれこれを感じて過ごすことで、旅の味わいも深くなるという。
 
「ここ最近だと大阪の『喫茶コーズリー』。外観は1970年代の喫茶店のまま、内装をリニューアルして受け継いだ店でした。カウンターの中では若い女性が切り盛りし、メニューやうつわには懐かしさといまらしさをよいさじ加減でミックス。これからの喫茶店の進行形のように感じました」とうれしそうにほほ笑む。昔といまをゆるやかにつなぐ、「喫茶店のいつもの朝」が何でもない幸福に気づかせてくれる。

朝のお得なセット・ヤサイサンドはドリンク付き800円。具は野菜だけでなくゆで卵も入っているのがうれしい。目にも端正なサイズで食べやすく、女性や年配のファンが多い。ほかにハムエッグサンドのセットもあり
平井駅から徒歩3分ほど。朝陽の当たる立地が気に入って店を構えて半世紀。下町の陽だまりに佇む店は、流れるような書体の看板が目印。地元の常連に遠来のファンも多く、一度訪れると「何度も訪れたくなる店」と菊池さん

珈琲ワンモア
住所|東京都江戸川区平井5-22-11 
Tel|03-3617-0160
営業時間|9:30〜16:30 
定休日|日・月曜

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そのほかの菊池さんのお気に入り

今回撮影させていただいた「珈琲ワンモア」のみならず、全国各地の菊池さんが愛する喫茶店を教えてもらいました。喫茶店好きなら、訪れてみたい名店をめぐる喫茶旅も魅力的です。

珈琲専門店 エース
昭和46年創業、老舗の絶対的エースは「のりトースト」。トーストに焼き海苔、バター醤油を合わせたオンリーワンの味。モーニングセットは、のりトースト(570円)、ハムトースト(690円)。紅茶も種類豊富で、コーヒーが苦手な人も楽しめる。レトロな内装に、壁の手書きメニューが『ザ・ベストテン』のパネルのようで圧巻と菊池さん。
 
住所|東京都千代田区内神田3-10-6 
Tel|03-3256-3941 
営業時間|7:00〜18:00、土曜〜14:00 
定休日|第1・3月曜、日曜、祝日

喫茶 風炉想仁庵 (ブルーオニオン)
両親が好きな店で、帰省時の楽しみなモーニングと菊池さん。コーヒー専門の喫茶店で、カウンター後ろにはすてきなコーヒーカップがずらりと並ぶ空間で、混雑時の待ち時間も穏やかに過ごせる。ブレンド(500円)の膳に、日替わりでトーストとサラダと卵、小鉢に麺やお粥、果物などが付く。目も味も大人が満足する岐阜モーニング。
 
住所|岐阜県本巣市曽井中島687-2 
Tel|0581-34-1028
営業時間|8:00〜16:00 
定休日|火曜、ほか不定休あり

喫茶チロル
開店から50年余り、二条城そばに佇む老舗喫茶店は、地元の常連と国内外の旅人に愛される名店。モーニングメニューは京都の「丸善パン」を使ったトースト類をお得に。ガッツリいける朝は、名物の分厚い玉子サンド(800円、ハーフ450円)、カレーライスを! 食後は近くの「神泉苑」への散策が菊池さんのベストコース。
 
住所|京都府京都市中京区門前町539-3 
Tel|075-821-3031 
営業時間|8:00〜16:00 
定休日|日曜、祝日

やまむろ
街中の憩いの場として常連や旅人も居心地よく集う店。「店もパンもテイストは昭和のままを大事に」と店主の山室さん。洋菓子パンの職人だった父譲りの技を継いだパンは、ほっとする味で人気。自家製パンの朝セットは、サンドイッチ、ホットサンド、ハムエッグトースト、ロールパンの4メニューがあり、各780円。
 
住所|富山県富山市総曲輪2-1-5
Tel|076-421-3433 
営業時間|8:00〜19:00、日曜、祝日11:00〜16:00 
定休日|不定休

喫茶コーズリー
店名の由来は、前身の創業70年の喫茶店「香豆里(こーずりー)」。外装の懐かしい雰囲気に合わせて、店内を改装。「フランス菓子と古きよき喫茶の融合」をテーマにした店には新旧のファンがついている。モーニングは週末限定でバタートースト、ゆで卵、季節のスープ、飲み物セット(1260円)。可憐で美味と評判のプリンを別腹に!

住所|大阪府大阪市西成区太子1-2-28 動物園前一番街ビル 
Tel|080-9758-2769 
営業時間|12:00 〜20:00、土曜・日曜、祝日 9:00〜 
定休日|水曜(祝日は営業)

text: Reiko Oishi photo: Maiko Fukui hair & make-up: Tomoko Takano styling: Setsuko Todoroki
ワンピース4万5100円/ブルーバード ブルバード(問|WEST Tel|03-5811-1779)
ピアス各1万1000円/CHERRY BROWN(問|チェリーブラウン Tel|03-3409-9227)
靴下3520円/パンセレラ(問|真下商事Tel|03-6412-7081)
靴3万9600円/ワイエムウォルツ(問|マービン&ソンズTel|03-6276-9433)
Discover Japan 2023年5月号「ニッポンの朝食」

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