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農口尚彦研究所/テイスティングルーム杜庵
酒造りの神が観音下の美しい自然で作る酒
《石川県の自然の恵み伝統と革新》|前編

2023.1.12
農口尚彦研究所/テイスティングルーム杜庵<br><small>酒造りの神が観音下の美しい自然で作る酒<br>《石川県の自然の恵み伝統と革新》|前編</small>

豊かな自然に裏付けられ、食文化を育んできた石川県。しかしその伝統は、単なる継続ではなし得ない。伝統が革新の連続だとすれば、無数の革新が伝統をつくり上げ、次の伝統をつくり上げていく。石川県のこの地に、なぜその体現者が二人集うのか。風土のなせる業か、人の成し得る技か。表裏一体ともいえる伝統と革新を体現する二人にプロデューサー立川直樹と写真家の宮澤正明が対峙する。

農口尚彦研究所
杜氏 農口尚彦(のぐち・なおひこ)
1932(昭和7)年生まれ。16歳で静岡県の山中正吉商店に就職、1961(昭和36年)菊姫合資会社にて杜氏に就任。1980年代には吟醸酒ブームを牽引、1998(平成10年)鹿野酒造の杜氏に就任、2006(平成18)年「現代の名工」に認定され、2008(平成20)年には黄綬褒章(おうじゅほうしょう)を受章。2013(平成25)年より農口酒造杜氏。一度は引退するも、2017(平成29)年より、農口尚彦研究所にて杜氏として復帰する

酒造りの神が辿り着いた地で語る境地

農口尚彦研究所の近くの十二ヶ滝。落差4m。幅36mの滝で、名前の通り12本の筋に分かれて落下する美しい滝。4~6月にかけては雪解けで増水し、見ごろになるというが、その水が酒造りを支えている

“酒造りの神様”とも呼ばれている農口尚彦さんが造ったお酒は、「菊姫」のときに何度も飲んだことがある。16歳で酒造りの道に入り、27歳という異例の若さで杜氏になり「菊姫」を超人気ブランドにし、65歳まで勤め上げた後は鹿野酒造で「常きげん」をいきなり人気の酒にした輝かしい経歴。「常きげん」の驚くほどの味の変化は当時、噂となったが、その秘密は今回、農口尚彦研究所の酒造りを見せてもらい、よくわかった。

清潔で美しささえ感じられる仕込室の壁には、農口さんの大きな顔写真がある。その横にレイアウトされているコメント「ああ、おいしいなあって、ため息が出るような酒が造りたい」という言葉にぐっときて、「『ああ、おいしいなあ』って真理ですよね」と、農口さんに言うと、返ってきた言葉は「すべての人に『おいしい』と言われる酒を造るのが、酒を造る原点です」というストレートなもの。

次世代への継承の意味をもたせるために、そう名づけたという「研究所」の中には、杜氏一家の3代目として生まれ、89歳の現在まで続けている酒造人生を年表・ストーリーで展示しているギャラリーもある。そこにあった記録ノートを見て、農口さんの酒造りというのは勘とデータが見事にミックスされていることがわかった。

「20日経つとだいたい忘れてしまうんです。麹米が何度のときとか、温度だけでわかるものではないから、そのときに、ほかにはあれはどうしたか、これはああしたとか書いておけば、参考になると思ってつけはじめたんです」

「今でも学術論文を毎日読んでいる」という農口さんは、蒸米を口にする。「食べるといろんなことがわかります。水分が多過ぎるとか、この時期の硬さとか。もっと乾かしたほうがいいとか」

ギャラリーで見られる、若き日の農口さんの写真。下戸で「一杯飲んだだけで真っ赤になってしまう。親父も祖父も飲める人だったのにね」と言って笑う農口さんは、下戸には見えない。「自分の生きる道を定めて、そこに向けて努力してきた」名工の原点

蔵人8人の動きは、農口さんの「よし、終わり!」という掛け声や醸造設備の音とシンクロして芸術的なパフォーマンスのようにすら見えた。その作業は秋から冬の半年、泊まり込みで続けられるというが、「造りの時間は一定期間に限定しとかないとダメ。メリハリをつけないと」という言葉からも信念が伝わってくる。

前日に浸水しておき、蒸し上がった米をチェックする農口さん。水分や硬さなどを食べ、触わる姿は求道者のよう。その蒸しあがった米が麹室(こうじむろ)に運ばれ、そこで農口氏が自ら種麹を愛用の缶で振りかける。酒母(しゅぼ)を作るため。酒の仕上がりを左右する重要かつ繊細なプロセス

僕からの「酒造りがわかった時期は?」という問いに「米も何も毎日変わるんです。現状の米にどう向き合うか、海外の人には食中酒にこういう酒がいいという希望があるから、吟醸酒はこう変えていこうとか。だから『わかった』ということは、一生ありえんと思う」と答えてくれた。納得の言葉だ。

読了ライン

「杜氏の庵(いおり)」という意味から「杜庵」と名づけられたテイスティングルーム。海外からの富裕層も多く訪れ、日本酒の地位を上げたいと考える農口さんがダイレクトに対応することも
1本3万5000円の高価なものもある農口尚彦研究所の酒が並ぶ。壮観

 

Auberge “eaufeu”
 
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農口尚彦研究所
テイスティングルーム杜庵(とうあん)
住所|石川県小松市観音下町ワ1-1
Tel|0761-41-1227(テイスティング予約用:予約受付時間 10:00〜17:00)
営業時間|試飲プラン開催時間は1日3回(11:00~、13:00~、15:00~ 各回60分・8名まで)
※試飲プランは3種類(2000円/1人)。詳細は予約時に問い合わせを
定休日|不定休
アクセス|JR小松駅から車で約20分、小松空港から車で約30分
 
 

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text: Naoki Tachikawa photo: Masaaki Miyazawa
Discover Japan 2023年2月号「癒しの旅と温泉。/秘湯、湯治宿、銭湯、サウナ37」

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