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福井に魅了される複合施設《ESHIKOTO》
黒龍酒造が目指す未来の観光【後編】

2023.4.25
福井に魅了される複合施設《ESHIKOTO》<br><small>黒龍酒造が目指す未来の観光【後編】</small>

福井の銘酒「黒龍」の酒造り、そして福井の伝統工芸にも深くかかわる九頭竜川。その雄大な景色を眺める酒蔵観光施設「ESHIKOTO」が創造するのは、日本酒を通して人と文化をつなげる酒蔵ツーリズムの未来図だった。

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福井の酒と暮らしの歴史を感じさせる日本酒の熟成庫
《臥龍棟》

外装材には美山杉を用い、伝統的な焼き杉板技法で独特の“黒”を表現

黒龍の新たな挑戦の礎となる
未来に語り継がれる建築物

ESHIKOTOを構成する建物の中で、最も早く竣工(2020年)したのが臥龍棟だ。ここには泡酒「ESHIKOTO AWA」を瓶内二次発酵させるための貯蔵庫があり、イベントスペースとしても使うそうだが詳細は未定。いまもなおヴェールに包まれた空間である。建築デザインを手掛けたのは、イギリスを拠点に活躍する建築家のサイモン・コンドルさん。周辺環境との調和を大切にしながら、建物や環境の持続可能性に対しても高い意識をもち、これまでに多くの歴史的建造物の改築を担ってきた人物だ。サイモン・コンドルさんは、こうコメントする。
 
「九頭竜川を望むこの風景の中へ、建物が自然に溶け込むことをコンセプトに、最終的なマスタープランは実際にこの地を訪れてから決めました。既存の水田の地形を変更することは最小限に抑え、中腹にある水田を尊重して新しい建物を配置することが重要と考えました」

ジョサイア・コンドルの曾孫
サイモン・コンドルさん

イギリスの建築家。ロンドンでの建築実務の経験を経て、1984年に独立。周辺環境との調和を重視した建築を手掛け、現在までに40もの建築及びデザイン賞を受賞している

外装材は伝統的な焼き杉板技法で施工され、虚飾を排した蔵のフォルムは伝統的でありながらモダンでもある。しかし、臥龍棟の扉を開けて内部に足を踏み入れた瞬間、まるでどこかへ瞬間移動したかのような驚きを覚える。天井高11m、床面積740㎡の空間は、アーケード状の教会を思わせる堂々たる意匠。巨大な木造構造の外壁と屋根フレームで形成される、鉄筋を一切使わないCLT工法を採用し、外観からは想像もつかない西洋の様式美が取り込まれている。
 
内観でまず目に入るのが、福井でしか採掘できない火山礫凝灰岩「笏谷石」の熟成庫だ。ここでは温度を10〜12℃で管理し、約1万本の「ESHIKOTO AWA」を熟成できるという。静寂に包まれた空間で、瓶の中ではいまも酵母が活発に活動し、酒の成長を推進している。この熟成によって10年後にどのような泡酒に進化しているかは、蔵元と杜氏を含め、誰もわからない。「熟成させた先に価値を見出したい」という黒龍酒造の新たな挑戦の礎になっているのが、この臥龍棟である。

※臥龍棟は通常一般非公開。イベント開催時のみ開放予定

水野直人社長自ら探し当て、約2年間以上乾燥させた樹齢200年の美山杉の丸太をそのまま使ったカウンター。臥龍棟内に計2本が配置され、ひと際存在感を放つ
福井県福井市の足羽山一帯で採掘される「笏谷石」は福井城や地元の古民家でも使用され、福井の文化を語る上で欠かせない。水に濡れると深い青に変色する
ESHIKOTO内には「九頭竜」にちなみ、龍のオブジェが9体鎮座。いわばESHIKOTOをはじめ、この地域の守護神だ。陶芸家で俳優の結城美栄子さんが手掛けたもの
「ESHIKOTO AWA」の原酒を二次発酵させている場所は、臥龍棟のセラーと地下蔵の二カ所。適温で熟成させ、二次発酵期間は最低でも15カ月で上限はない
地下蔵では、10〜12℃の温度帯で瓶内二次発酵させている。蔵内は完全非公開で、約5万本の貯蔵スペースがあるそう
たんぱく質の塊でもある澱(白い固形物)が化学変化を起こし、絶えず瓶の中の酒は変化を続ける。後に澱引きを行い、透明で美しい泡酒になる
ESHIKOTO AWA 2019 Extra Dry
スパークリング日本酒/7700円

炭酸ガスの圧入によって造られるスパークリング日本酒とは異なり、自然発酵の「ESHIKOTO AWA」は味わいに複雑さがあり、繊細な泡が特徴。Extra Sweetもある

まだまだ進化する日本酒ツーリズムの拠点

臥龍棟にあるセラーや地下蔵で、一見すると眠っているように見える「ESHIKOTO AWA」だが、実は瓶内で酵母は働き続け、発酵を続けている。黒龍酒造が泡酒を造る理由は、1300年以上も受け継がれてきた清酒造りに対する、新たな挑戦であった。水野直人代表はこう話す。
 
「これまでの日本酒造りでは、もろみの完成を恣意的に定め、発酵を止めていました。対する『ESHIKOTO AWA』は、出来上がったお酒のを残したまま瓶に入れ、二次発酵させることで泡を生み出します。つまり、従来の酒造りはゴールを設定することが常識でしたが、『ESHIKOTO AWA』に明確なゴールはありません。それは人が造ることの先に、自然による活動があるから。言うなれば、『ESHIKOTO AWA』はいつまでも未完。不安定で不可思議な存在とも言えるかもしれませんが、それが清酒本来の姿ではないかと私たちは考えています」
 
2024年にはこの地にオーベルジュを開業する予定だ。黒龍酒造が創造する酒蔵観光の未来に、期待せずにはいられない。

ESHIKOTOに行くなら立ち寄りたい福井のNEWSなスポット

北陸新幹線の金沢〜敦賀間が2024年春に開業する。福井〜東京間が乗り換えなしで結ばれ、福井の伝統文化に触れる機会が増えるはずだ。酒蔵観光施設「ESHIKOTO」はもちろん、近隣の注目スポットにも足を運びたい。

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朝倉氏戦国城下町の歴史が学べる
朝倉氏戦国城下町の全体像や歴史的価値を展示。国指定重要文化財を含む約500点の出土資料を紹介するほか、5代当主・朝倉義景が暮らした朝倉館の一部を原寸で再現する

一乗谷朝倉氏遺跡博物館
住所|福井県福井市安波賀中島町8-10 
Tel|0776-41-7700 
開館時間|9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで) 
休館日|月曜、年末年始 
観覧料|一般700円、高校生400円、中小生200円、70歳以上350円 ※特別展は異なる 
https://asakura-museum.pref.fukui.lg.jp

2023年夏にいよいよリニューアルオープン!

よりリアルな恐竜世界が楽しめるようにリニューアル。実物大の恐竜が迫る9m×16m×3面の巨大スクリーン、学術的な研究を体験できるスペースも新設される

福井県立恐竜博物館
住所|福井県勝山市村岡町寺尾51-11
Tel|0779-88-0001 
開館時間|未定

  

text: Nobuhiko Mabuchi photo: Kenji Okazaki plan: A2WORKS
Discover Japan 2023年4月号「すごいローカル見つけた!」

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