TRADITION

次郎左衛門、八ツ橋と出会う
「大人の遊び場」
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑

2020.10.1
次郎左衛門、八ツ橋と出会う<br>「大人の遊び場」<br><small>おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑</small>
次郎左衛門:この世の別れだ……

名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、遊女としての最高ランクを誇る女性”八ツ橋”に出会った、商売で大成功を収めているが、容姿にコンプレックスを持つ”次郎左衛門”の「大人の遊び場」について。二人は一体どうなるのか…

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。
http://okken.jp

八ツ橋:この世の別れとは……

江戸の町は、朝は魚河岸、日中は歌舞伎芝居、夜は吉原ので、1日に三千両の大金が動くといわれました。幕府が正式に認めた「大人の遊び場」である廓は、単なる男の欲望のはけぐちにはとどまらず、大きなスケールで展開した別天地だったのです。

八ツ橋は、「松の位」と呼ばれる、遊女としての最高ランクを誇る女性です。こういう遊女のことを、吉原では「おいらん(花魁)」、上方の廓では、中国の故事にちなんで「」と呼びましたが、美しさはもちろん、和歌や茶道のたしなみ、楽器の演奏など、知性や教養も兼ね備えた、まさに夜の華です。おいらん道中といって、所属する遊女屋から、その晩のお客が宴席を設ける茶屋まで、廓の目抜き通りを、豪華けんらんたる練り歩きを披露しながら通いました。

その八ツ橋のおいらん道中を、たまたまその晩、「故郷への土産話のタネに」くらいの軽い気持ちでひやかしに来ていた次郎左衛門が、目にした──「籠釣瓶」という物語のすべては、この偶然からはじまるのです。

次郎左衛門はきまじめで朴訥な男で、生まれつき顔中にあばたがあります。容姿のコンプレックスが、かえってプラスに働いたのでしょうか、廓遊びなどには目もくれず、商売に精を出し続けて、大成功を収めています。

そんな彼が、八ツ橋のあまりの美しさにど肝を抜かし、しかも、立ち去り間際の彼女が、こっちを見て、にこっとほほ笑んでくれた(ような気が、次郎左衛門には、したのかもしれません)。遠ざかっていく八ツ橋のうしろ姿を、いつまでも見つめながら
「あぁ……(滞在先の)宿へ帰るのが、嫌になった……」

その日を境に次郎左衛門は、江戸に来るたび、夜ごと吉原に入りびたり、八ツ橋のもとへ通い詰めます。それだけの財力が彼にはありますし、その人間性も、八ツ橋はもちろん、廓のさまざまな人々に、極めて好意的に受け入れてもらえたのです。ついに、次郎左衛門は、莫大なお金を支払うことで、八ツ橋の身柄を、廓から請け出せることになりました。これを「身請け」といいます。

ところが──、実は八ツ橋には、商売抜きで思い合っている男がいます。栄之丞という名の、次郎左衛門とは正反対の、まれに見る美男です。

籠釣瓶。井戸にちなむ、「水もたまらぬ切れ味」を意味する名の刀で、次郎左衛門が八ツ橋を、一瞬のうちに手にかける──衝撃の幕切れへ向かって、ドラマは刻一刻と、動いていきます。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2020年6月号 特集「おうち時間。」


≫歌舞伎に関する記事一覧はこちら

≫おくだ健太郎に関する記事一覧はこちら

RECOMMEND

READ MORE

メールマガジン購読