平家が誇る剛将の壮絶な最期
「義経千本桜・知盛」平知盛と典侍の局
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑
名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、源平合戦の世界を題材にした名作「義経千本桜・知盛」に登場する平知盛と幼い帝の乳母・典侍の局です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp
源義経は平家との戦いで、自軍(源氏)を勝利に導いた最大の功労者です。けれども、活躍すればするほど、源氏の全体を束ねている兄・頼朝との関係が、こじれていきました。戦の決着がついた後には、戦犯のような扱いを受け、疎まれ、方々をさすらう身となってしまいます。
その義経に打ち負かされた平家の人々も、「平家でなければ人でない」とまでもてはやされた栄華の日々から、あっという間に、転がり落ちて、敗者の屈辱にまみれた——いわば義経と平家とは、似た者同士で「合わせ鏡」のような関係なのでしょう。
大名作『義経千本桜』の、知盛という男のドラマには、この関係が実に色濃く描かれています。平家きっての剛将として、一門が最終的に滅ぼされた壇の浦の合戦において、彼も海の藻くずと消えていった——史実ではそうなのですが、この芝居ではひそかに生き延びて、義経を倒すチャンスをうかがっているのです。
すなわち知盛は、船問屋のあるじ・銀平と名乗って、頼朝から距離を置こう、おちのびよう、とする義経と家来たちを、親切にもかくまってやります。逃亡の船出の世話をする、と見せかけて、出航した直後の洋上で、のるかそるかの奇襲攻撃を仕掛けた!
しかし……船問屋に逗留していた時点で、義経はすべてを見抜いていました。だまされているふりをして、逆に知盛をだましたのです。こてんぱんに返り討ちに合い、最後の一人となった知盛は、全身に矢が刺さり、よろいの至るところが血で染まった悲壮な姿で、やっとの思いで浜辺にたどり着きます。
「天皇は……いずくに御座す……御乳の人……典侍の局……」
声を絞り上げて安否を確かめる相手は、一門の亡き総大将・清盛の孫にあたる、幼い帝・安徳天皇と、その乳母・典侍の局。世間の目をくらまして船問屋を営んでいる間、知盛は、局を自分の妻、天皇を娘に、それぞれ仕立てて守り抜いてきました。このまま討ち死にしても、お二人の生命だけは、守らねば……。
そこに義経が、局と帝を伴って現れます。「帝のご無事は、私が責任をもってお守りしよう」このひと言に、しみじみと知盛は、救われた心地がしました。散り際を悟って自害する局の後を追うように、重たい碇を身体に縛りつけると、崖の上から海中へと没していくのです……。
壮絶なその最期に明日の自分を重ねながら、義経は見届けるのでした。
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2019年8月号 特集『120%夏旅。』