TRADITION

『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の舞台 京都 山崎街道
おくだ健太郎の歌舞伎でめぐるニッポン

2020.8.5
『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の舞台 京都 山崎街道<br>おくだ健太郎の歌舞伎でめぐるニッポン
JR京都駅から、大阪方面の電車に揺られて約15分。京都・山崎街道には、ウイスキーの「山崎」でも有名なサントリーの工場やアサヒビールが運営する大山崎山荘美術館などが点在。酒造メーカーゆかりのスポットがある地としても知られる。のどかな雰囲気は散策にもぴったりです。

日本各地に残る歌舞伎の舞台を、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、討ち入りに参加がかなわなかった浪士の悲運を描いた傑作「仮名手本忠臣蔵 五・六段目」の舞台となった京都府の山崎街道です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

赤穂浪士の討ち入りを題材にした、歌舞伎きっての名作『忠臣蔵』。物語の一番の中核をなすのは、大星由良之助(大石内蔵助)をはじめとする四十七士の仇討ち達成までの艱難辛苦です。

それとともに、やまれぬ事情で、仇討ちへの参加がかなわなかった浪士の悲劇、無念さ、という側面にも、丁寧にスポットを当てている——。全十一段に及ぶこの大戯曲の、五、六段目にあたるのが、そのくだりです。

悲運の浪士の名は、早野勘平といいます。腰元のお軽と恋仲なのです。がこともあろうに、主君の塩冶判官(浅野内匠頭)が刀傷沙汰を起こした、まさにそのとき、この二人は、持ち場を離れてしっぽり「楽しんで」いたのです。

ぼちぼち帰ろうか……と屋敷へ戻ってみたら、ご主君には切腹が命じられてるわ、お家は断絶に追い込まれてるわ、それはもう大変なことになっていた。いたたまれなさと申し訳なさで、胸いっぱいになった二人は、そのまま、お軽のふるさとの京都の西、山崎の里まで、逃避行せざるを得なくなります。

勘平は、野山で鉄砲を撃つ狩人となって、一家の生計を助けます。が、梅雨時の、ある晩、真っ暗な山中で、彼はイノシシとまちがえて、行きずりの男を撃ち殺してしまいます。

その男——定九郎という残忍な山賊は、弾丸が命中するほんの少し前に、通りかかった老人から財布に入った五十両の金包みを、まんまと奪っていました。その上、その老人をグサリと刺し殺して、谷底へと蹴落としていました。無残な最期を遂げた、この老人こそは、お軽の父親だった——。五十両の金はお軽が京の祇園の色街へ身を売った金でした。

仇討ちの軍用金としての、まとまった金を勘平に与えよう、それを由良之助たちに届ければ、勘平の汚名返上がかなって、仇討ちへの参加も認めてもらえるはずだ……お軽の一家が勘平のためによかれと思って、ひそかに進めた身売りは、定九郎のむごたらしい行為、さらには勘平の鉄砲の撃ち間違いによって、思いもよらぬ方向へと転じていきます。

縞の財布にくるまれた、波乱含みの五十両が、ここからどんなかたちで、誰の手に渡り、そして誰を悲劇へと追い込んでいくか——心理サスペンスとしても秀逸な、お軽&勘平の物語。昔の、山の中の夜道が、いかにまっくら闇だったかに思いを馳せると、緊迫感が倍増するお芝居です。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2017年11月号 特集『この秋、船旅?列車旅?』


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