TRADITION

『東海道四谷怪談』の舞台「東京 雑司が谷」
おくだ健太郎の歌舞伎でめぐるニッポン

2020.8.7
『東海道四谷怪談』の舞台「東京 雑司が谷」<br>おくだ健太郎の歌舞伎でめぐるニッポン
鬼子母神堂や法明寺など、歴史的な建物が点在する雑司が谷。写真は、江戸川橋駅近く、雑司が谷周辺の様子。神田川沿いは桜並木となっており、普段はしっとりとした雰囲気だが、お花見シーズンともなると多くの人々が訪れて賑わいを見せる。周辺にはカフェも多く、散策が楽しいエリアです。

日本各地に残る歌舞伎の舞台を、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、男女の愛憎うず巻く怪談劇の名作「東海道四谷怪談」の舞台となった東京都の雑司が谷です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

東京・四谷の稲荷神社にゆかりの田宮伊右衛門(たみやいえもん)・お岩という夫婦を題材に、鶴屋南北が筆を振るった『東海道四谷怪談』。実際の二人は、とても仲むつまじかったそうですが、お芝居では、伊右衛門がきわめて卑劣、残酷な浪人に描かれています。その悪逆ゆえに、お岩は気の毒な人生を強いられるのです。

伊右衛門は、ご用金の使い込みがもとで、お岩との縁談を彼女の父から断られた、という、初期設定からして「問題あり」の男です。でも、お岩に惚れていて、諦めることができない。自分につれなくするお岩の父を、暗やみに紛れて切り殺し、お岩にはそのことを隠して「俺が、親父との仇を討ってやるから……」と言いくるめて、なし崩しで夫婦になってしまいます。

ところが、雑司が谷の浪宅でいざ一緒に暮らしてみると——生活の困窮、生まれた赤ん坊の夜泣きのうっとうしさ、産後のお岩の具合の優れないこと——さまざまな要因もあって、伊右衛門の不満はくすぶる一方。お岩にもつらくあたるようになります。シビアな環境が、あぶりだしていくんですね、彼の性根の悪さを。

こんな伊右衛門のことを、隣の裕福な屋敷・伊藤家の娘は、好きで好きでたまらない。その一途な思いをかなえてやるために、伊藤家は恐ろしい計略を企てます。

「体調がよくなる妙薬です」とお岩をだまして、飲むと顔が醜く腫れ上がる毒薬を、差し入れるのです。お岩の美貌を損なえば、伊右衛門の心は完全に冷えきってしまうはずだ……何とも巧妙、いや悪質な手口ですねぇ。

何も知らないお岩は、「ありがとう……ありがとうございます……」と涙もにじむくらいに感謝して、その薬を、最後のひと粒、ひと口までも残さずに、大事に大事に、飲み干します。

その結果——髪が抜け落ち、まぶたが腫れ上がった、恐ろしい姿になります。悔しい……恨めしい……と泣き叫び、果ては衰弱のために、死んでゆく。同じ頃、隣屋敷では、お岩を捨てた伊右衛門と伊藤家の娘の祝言が……。

こんな不条理が許されてなるものか、と復讐の限りを尽くすお岩の幽霊。歌舞伎の舞台の、さまざまな仕掛けを駆使した演出が展開しますが、そこへ至るまでの、お岩さんの悲しみ、心理の裏づけがあるからこそ、このお芝居は怖いのです。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2017年12月号 特集『みんなの愛用品』


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