能から発展した歌舞伎ジャンル
「操り三番叟」三番叟と後見
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑
名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、操り人形の動きが楽しい「操り三番叟」に登場する三番叟と後見です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp
三番叟という演目ジャンルが歌舞伎の舞踏にはあります。「三番目の(三人目の)男」という意味の名称ですが、翁、千歳、そして三番叟の三者が登場することを踏まえています。
もとになっているのは、お能の『翁』という作品です。国の平和と作物の豊かな実りを祈願する、儀式色の強い演目で、題名にもなっている翁を、シテ方(お能の主役を務める役者)が担います。
千歳は、翁の露払いのような立場。翁と千歳の両者で、国が穏やかに治まり、天候も安定して世の中の基盤がしっかり整うように、祈りを込めて、厳かに上品に舞います。これに続いてはじまるのが、三番目の男、すなわち三番叟の舞い、ということになります。
平和で戦乱の心配もない、天気の不安もない、それならば、さあしっかり農作業に励んで、豊かな実りを自分たちにもたらそう──これが三番叟の舞いのテーマです。
その動きをよく見ていると、舞台をトン、トン、トン……としきりに踏み鳴らし、手に持った小ぶりな金色の鈴を、シャン、シャン、シャン……と足下の舞台に向けてたびたび振って響かせます。これはつまり、大地を耕したり、種をまいたり、肥料をやったり、地中の霊魂を刺激して豊作を促したり──さまざまな農作業をシンボライズした動きになっているのです。金色の鈴は、美しく実った秋の稲穂の象徴にもなっています。
田んぼや畑で精を出す姿を描いた舞いですから、翁や千歳よりも一段と躍動感にあふれています。また、朗らかなお百姓さんを思わせるような愛嬌もある。
『翁』では狂言の役者が務める三番叟は、歌舞伎においては、翁や千歳以上にクローズアップされるようになりました。「三番叟物」というジャンルが生まれ、さまざまな作品が成立しています。二人の三番叟が絶妙の掛け合いで踊るもの、真っ赤な舌を出してかたちよく決まるもの、翁、千歳、三番叟の三者をくるわの遊女や太鼓持ちなどに置き換えて演じるもの……まことに多彩です。
『操り三番叟』は、その名の通り、三番叟を糸操りの人形に見立てた作品です。翁や千歳はほとんどの場合出演しません。その代わりに、操り人形を操作する後見が必ず登場し、糸を調え、足拍子を鳴らしながら人形の動きに気を配り、糸がからまって人形が誤作動を起こせばすぐに操りを中断し、もつれた糸を丁寧に直す……。
一つひとつの動作を三番叟と後見の両者で、パントマイムのように楽しく見せていくのです。
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2021年1月号 特集『温泉と酒。』