滋賀・近江八幡《旧伊庭家住宅》
日本の風土に根ざした、
暮らしに寄り添う住宅
|日本の名建築、木の居住空間
時代とともに姿や用途を変えてきた「木」を用いた居住空間。伝統を受け継ぎつつ、近代化の流れにも呼応してきた名作建築の変遷を建築史家・倉方俊輔さんに伺った。今回は、滋賀県近江八幡市にある「旧伊庭家住宅」をご紹介!
監修・文=倉方俊輔(くらかた しゅんすけ)
1971年、東京都生まれ。大阪公立大学大学院工学研究科都市系専攻 教授。専門は日本近現代の建築史。日本最大級の建築イベント「東京建築祭」の実行委員長も務める。『東京モダン建築さんぽ 増補改訂版』(エクスナレッジ)など著書多数。
日本の風土に根ざした
暮らしに寄り添う住宅

東京の山の上ホテル、阪神間の神戸女学院や関西学院大学など「ヴォーリズ建築」の名で親しまれる作品を数多く手掛けたウィリアム・メレル・ヴォーリズ。その初期作のひとつである「旧伊庭家住宅」は、日本の木造住宅の進化を目指した、彼の志向をよく示している。
1905年、キリスト教の伝道を志して滋賀県の近江八幡に英語教師として来日したヴォーリズは、やがて若い頃に憧れていた建築に携わるようになる。生涯で1500件以上の建物を設計したといわれ、そのうち住宅は300~400件と大きな割合を占めている。

旧伊庭家住宅は住友財閥の2代目総理事・伊庭貞剛の依頼により、その四男である伊庭慎吉夫妻の住宅として1913年に建てられた。伊庭貞剛の出身地も、本住宅の所在地も、いずれも現在の近江八幡市にあたる。ヴォーリズが生涯の拠点としたこの地を起点に、設計の依頼が次第に広がっていった。

外観はハーフティンバー・スタイルでまとめられ、1階のリビングには、手仕事の痕跡を残した木材が天井に。日本の生活文化に応じた和室を備え、調度品まで配慮が行き届いた設計に、ヴォーリズらしい細やかさが見られる。
ヴォーリズが理想としたのは、華美な邸宅ではなく、家族中心の健やかで整った暮らしを育む住宅だった。日本の気候風土と近代的な生活様式の両方に適した住まいを追求する上で、暮らしに密着してきた木造の誠実さが、和洋の垣根を超えて生かされている。
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〈概要〉
明治時代に活躍した滋賀県出身の実業家、住友の第2代総理事・伊庭貞剛が依頼した住宅で、貞剛の四男・慎吉夫妻が居住していた。数多くの西洋建築を手掛けた建築家・ウィリアム・メレル・ヴォーリズの初期の作品としても知られる。主な部分は洋風でありながら、増改築された部分は和風と、和洋の調和が特徴で、その歴史的・文化的価値の高さから市指定文化財にも指定されている。
〈図面から見る旧伊庭家住宅〉
当初から1階には2室の和室が設けられていたが、昭和初期の改造で和室の数が増加し、同時に玄関も現在のホールの位置へと移された。各部屋の独立性に配慮した構成となっている。
〈建築データ〉
住所|滋賀県近江八幡市安土町小中191
設計|ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
敷地面積|1060㎡
建築面積|110.00㎡
延床面積|352.36㎡
構造|木造、地上3階建
施主| 伊庭貞剛
用途|住宅
竣工|1913年
〈施設データ〉
Tel|0748-46-6324
開館時間|10:00~16:00(最終受付15:30)
休館日|3~12月/月~水曜、1・2月/月~金曜、
年末年始(ほか臨時休館あり)
料金|無料
01|臥龍山荘(愛媛)
02|八竹庵(京都)
03|鳳明館 本館(東京)
04|旧山本家住宅(兵庫)
05|旧伊庭家住宅(滋賀)
06|上杉記念館(山形)
07|土浦亀城邸(東京)
08|旧イタリア大使館 別荘(栃木)
09|猪股邸(東京)
10|護松園(福井)
11|港区立伝統文化交流館(東京)
12|SOWAKA(京都)
text: 倉方俊輔 photo: 近江八幡市総合政策部文化振興課
2025年9月号「木と生きる2025」



































