《湖里庵》琵琶湖食材を再構築
空間コーディネーター・石村由起子さんが行く
“発酵”と“食”でととのう滋賀旅
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古くより湖上交通の要衝として栄えた宿場町で、湖に沿って江戸時代につくられた石積みが残る滋賀県高島市海津。ここには美食家たちの間で知られる一軒の懐石料理店がある。
川魚店のルーツを受け継ぐ
料理人の技が光る湖魚料理
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献立の基本は旬の食材から構成される日替わりだが、鮒ずしに慣れ親しむ入り口として頻繁に登場するシグネチャーメニュー
濃厚でコクのある風味が口いっぱいに広がるチーズクリームパスタ……と思いきや、実はこれは「鮒ずしのパスタ」というから驚きだ。からむソースは、鮒ずしをつくる際にフナとともに漬け込まれた「飯(いい)」と呼ばれる、乳酸発酵したご飯に牛乳を合わせたもの。
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泳ぐ姿が氷のように透き通っているため「氷魚」と呼ばれる琵琶湖の冬の味覚。土佐酢のジュレがかかる
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滋賀の郷土料理・えび豆、魚治伝統の技が引き継がれる鮒ずしの甘露漬、鰻の巻物など全7品の盛り合わせ
この独創的なひと皿を手掛けるのは、滋賀県高島市の「鮒寿し懐石 湖里庵(こりあん)」店主・左嵜謙祐(さざき けんすけ)さん。京都吉兆 嵐山本店で修業した経歴をもち、1784(天明4)年創業の鮒ずし店・魚治の7代目当主でもある。旬の湖魚と雑味のない鮒ずしから生まれる、目で見て美しく、舌で驚く洗練された料理を味わいに石村さんは足を運ぶ。「ここに来ると心が落ち着きます」。
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固有種・イワトコナマズを蒸し、かぶらあんで仕立てたひと椀。ナマズは湖里庵からすぐの海津大崎の岩礁で捕れたもの
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別名「鯉のあらい」。コリコリとした食感とほのかな甘みが楽しめる。「鯉は春先の産卵前に脂がのる」と左嵜さん
「湖里庵」は、ニゴロブナを創業以来の蔵持ちの菌でふた冬かけて発酵させる魚治の鮒ずしを、フナが育つ風土の中で味わってもらいたいとはじめた料理店。魚治の鮒ずしを愛した作家・遠藤周作からの「ここへ来たら食べられるもの、ここへ来なければ食べられないものを名物料理としなさい」という言葉から鮒寿し懐石が誕生した。
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京都の料亭の名物として知られる「からすみ餅」からヒントを得たという一品。香ばしい餅と鮒ずしの塩気が引き立て合う
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通常は食されることのない、鮒ずしの頭から出汁を引いた吸物。コクのある濃厚な旨みがありつつ、後口はあっさり
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癖がなく淡泊な白身ながら、後から旨みが広がる琵琶湖の高級魚。炙りたてをそのまま味わってから、ショウガ醤油でも堪能
そんな逸話が残る「湖里庵」は2021年の再建。実は2018年に直撃した台風被害により建物は全壊し、営業再開までには約2年半の月日を要した。福井が近い湖里庵では、冬場の越前がにを使ったコースも人気を集めた。けれども「魚治の初代は川魚屋。再建までの間、目の前が琵琶湖という店から離れてみて、ここでの料理は自分たちのルーツを伝えるためにつくるものという思いが強くなりました」と左嵜さん。そこで再開後の湖里庵では、鮒ずしと琵琶湖で捕れる季節の湖魚、近隣の地物野菜だけを使う料理に変更。以前より頻繁に港へ出掛けるようになり、漁師さんとの対話も増えたそう。
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その傷みやすさからほどんど流通しないという幻の魚が炊合せに。菊芋のすり流しを合わせる。魚の身は軟らかで濃厚な味わい
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じっくり蔵で熟成させた、魚治特製の鮒ずしの本漬の切り身をご飯にのせたお茶漬け。コクのある酸味が楽しめる
「川魚には流通に乗らないものが多くある。鮮度がよければ臭みはありません。店へ足を運んでもらい、食材を育む環境ごと楽しんでいただきたい」
この日登場した「似鯉(にごい)」はまず市場に流通しない貴重なもの。豊かな恵みを与えてくれる琵琶湖を前に味わう見目麗しい湖魚料理は、訪れる人の胃も心も捕らえて離さない。
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地元産の大粒イチゴに自家製アイスクリームを添えた。アイスクリームには冨田酒造の酒粕が使われている
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湖里庵
住所|滋賀県高島市マキノ町海津2307
Tel|0740-28-1010
営業時間|12:00、17:00
定休日|火曜、第1・3水曜
料金|1泊2日2食付4万9500円(サ別)、食事のみ1万4300円(サ別)
※完全予約制
http://korian.jp
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text:Makiko Shiraki(Arica Inc.) photo:Yayoi Arimoto
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