FOOD

料理家・樋口直哉が注目する生産者

2025.1.23
料理家・樋口直哉が注目する生産者

全国には独自の取り組みをしている生産者が多くいます。中でも、全国の生産者の元へも足繁く通っている、作家・料理家の樋口直哉(ひぐち なおや)さんが注目している5つの農家や牧場について、理由とあわせてつづってもらった。

文=樋口直哉(ひぐち なおや)
料理家として活躍しながら、作家としての活動も。小説『スープの国のお姫様』(小学館)、『おいしいものには理由がある』(KADOKAWA)など著書多数。『さよならアメリ力』(講談社)では芥川賞候補にも選出。

山形県《とまとやよずべぇ》

全国各地を旅しながら、いつも美味しいものを探している。旅をするのは日本のこと、食材のことをもっと知りたいからで、生産者からはさまざまなことを学べる。知識は本を読めば身につくが、もっと深い知恵は日々の営みからしか得られない。

「とまとやよずべぇ」の小野貴之さんは山形県最上町、奥羽山脈のふもとでトマトを育てている。彼が手掛けるトマトは単に甘いだけではなく、旨み、酸味、そして強い香りがある。トマトジュースも身体に染みる美味しさだ。

「味をつくるのは光合成産物やアミノ酸、鉄やマンガンなどさまざまな微量要素を基にした栄養素です。うちの農園では、土壌分析をすることで、それらを過不足なくバランスよく与えるようにしています。たとえば硫黄なんかも大事」
 
話の中ですぐに頭に浮かんだのは僕のバイブルである『マギーキッチンサイエンス』(共立出版)のトマトの項目で、トマトはグルタミン酸と硫黄化合物を含んでおり、これらは果実よりも肉に多く含まれているもので「したがって肉の風味に合いやすく、肉の代用とさえなりうる」とある。土壌に十分な硫黄がなければトマトもおいしくはならないのだ。

とまとやよずべぇ
住所|山形県最上郡最上町富澤1849-6
Tel|0233-45-2013

山口県《梶岡牧場》

美味しいものは自然にできるわけではない。人の意思がつくるものである。山口県の「梶岡牧場」の梶岡秀吉さんが育てる「梶岡牛」は知る人ぞ知る牛肉だ。牛肉の世界は牛枝肉取引規格、いわゆる格付けがあり、脂肪交雑が多くてキメが細かく、歩留まりがいいものが高く取引される。しかし、梶岡さんはそれにとらわれることなく「美味しい牛肉の味」を追求している。

梶岡さんは3代目だが、何度も危機を経験している。一度目は2000年のBSE騒動。海外で発生した牛の感染症の影響で、牛舎の中は空っぽになった。その後、「安愚楽牧場」の牛を預かっていたが、2011年に同社が破産。収入がゼロの状態に陥るが、そこから自前で牛を飼いはじめ、現在のかたちまで成長させた。不屈の闘志としか言いようがない。

梶岡牧場の特徴は長期肥育。自社でつくる発酵飼料で通常よりも長い期間育てられる。梶岡さんは飼育期間の短い牛は「青いトマトに似ている」と言うが、果物にたとえると完熟した状態まで育ててから出荷される牛肉は脂が軽く、深い味わいがある。

梶岡牧場
住所|山口県美祢市伊佐町河原789
Tel|0837-53-0500(直営レストランFIREHILL)
kajiokagyu.jp

広島県《citrusfarms たてみち屋》

牛肉が美味しいのはもちろんだが、牛舎のおがくず敷料からは発酵堆肥が生まれる。生きた堆肥「ヒューマス」だ。その堆肥を使っているのが、「citrusfarms たてみち屋」の菅秀和さん。

広島県尾道市瀬戸田で、高品質な国産レモンを栽培し、さまざまな飲食店に卸している。「美味しさはサイエンス」という理念を掲げ微生物がすみやすい土づくりを心掛ける。レモンの糖度が高いのは言うまでもなく、香りの余韻の長さ、苦みのキレのよさが特徴だ。冬は国産レモンのハイシーズンだが、秋のグリーンレモンの味も忘れられない。

レモンは一年中黄色い状態で店頭に並び、それまで果物としての旬という概念がなかったが、国産レモンにも果物としての「食べて美味しい旬」があることを広く伝えてきた。また、農家直伝の美味しいレモンサワーのつくり方もHPを通して伝えている。最近では、「京都蒸溜所 季の美」などクラフトジンやリキュールのボタニカルとしても引き合いが多くあるそうで、各プロダクトは世界的な大会でも評価が高い。

citrusfarms たてみち屋
住所|広島県尾道市瀬戸田町
Mail|info@tatemichiya.com
www.tatemichiya.com

岩手県《ジオファーム八幡平》

牛舎から畑、そして食卓へ。鍵を握るのは循環だ。岩手県八幡平市の「ジオファーム八幡平」は八幡平の冷涼な気候を生かし、パリッと割れるほど身の締まったマッシュルームを生産している。ハウスの中で採れたてマッシュルームを手で割って食べた感動は忘れられない。マッシュルームという白い小さなキノコが放つ、生命の風味だ。

ジオファーム八幡平を訪れるといくつもの馬厩舎が並んでいて、一頭一頭名前がある馬たちがのんびりと餌を食んでいる。馬? と意外に思うかもしれないが、実は歴史的にもマッシュルームと馬は密接な関係がある。そもそもマッシュルームの栽培は馬小屋からはじまったのだ。伝統的な栽培方法は馬小屋に敷き詰められた藁を利用したもので馬厩肥と呼ばれる堆肥が用いられる。ジオファーム八幡平の代表理事の船橋慶延さんはもともと、障害飛越でオリンピックを目指していたほどの乗馬の選手。その後、栃木県や北海道で競走馬の育成に従事していたとき、引退した馬が余生を過ごせる場所をつくろうとマッシュルームの生産に乗り出した。

まず、馬が生活する環境を整えるために、近隣の農家から藁を確保し、敷き藁とする。その上で馬たちが生活することで、馬糞と藁が馬厩肥となり、それがマッシュルームを栽培するための菌床に用いられる。マッシュルーム栽培が終わった後の菌床は再び発酵させると、良質な肥料になり、農家に戻される。ジオファーム八幡平はマッシュルーム、農家は稲、麦、野菜などを生産する循環の中心に馬がいる。やさしい目をした馬たちがのんびりと暮らす営みの中だから、僕らの食べ物がつくられていく。

こうした考えは新しいものではない。持続可能性といった言葉が出てくる前から日本では人と人、土と食べ物、山と海といったつながりの中で、人々の営みは続けられてきた。徳島県西部に位置するにし阿波地域は国連食糧農業機関(FAO)が認定する世界農業遺産に「にし阿波の傾斜地農耕システム」として登録されている。山間部に位置し、平らな土地が少ないこの地域では400年前から山の急傾斜を使った農業が行われている。

山に雨が降ると、土壌が流れてしまう。それを防ぐために山に生えているカヤを刈り取り、畑に敷き詰める。カヤが土壌を覆うことで降雨時に泥はねが抑えられ、作物が病気にかかることも少なくなるし、微生物が増えやすくなるので土も豊かになる。栽培が終わるとカヤは畑にすき込まれ肥料となる。斜面に張り付くように広がる畑の景観は美しく、日本の里山の原風景を感じさせるので、外国人観光客にも人気だ。

ただ、カヤを運び、細かく刻んで畝間に敷き詰める作業は重労働だ。カヤを使っても土壌が流れるのを完全には防げないので「土あげ」といって、鍬で落ちた土を元に戻す作業が必要。僕も鍬を持たせてもらったが、足場が安定せずフラフラしてしまった。鳥獣問題や、斜面のために機械が使えないというデメリットもある。しかし、そうした困難を軽々と超えて育った野菜の味わいは力強い。

ジオファーム八幡平
住所|岩手県八幡平市松尾寄木第1地割1483
Tel|0195-70-2850
geo-farm.com

徳島県《田口農園 徳島》

にし阿波・東みよし町にある「田口農園 徳島」は300年続く農家で、少量多品種の野菜を生産し、9代目にあたる田口真示さんが歴史をつないでいる。田口さんは地元の直売所や飲食店に野菜を卸すだけではなく、「食べチョク」でのネット販売をしたり、農家民宿も開業し、中高生の修学旅行などを受け入れ、近隣の学校で傾斜地農耕システムについても教えたりしている。

「先人が積み上げてきたものを大事にしたい」と田口さんは言う。「子どものときの経験は記憶のどこかに残る。そうすればいつか農業をしたいと思ってくれる子もいるかもしれないから」。

旅先で美しい景色に出合う。それはたとえば傾斜地農耕の畑であったり、たわわにレモンが実る果樹園であったり、山間部に広がる棚田だったりする。手前に家々があり、川が流れ、山々の木々が見える。なぜ、この景色が人の心を打つのか。それはそこに人の営みがあるからだと思う。食べ物を介してさまざまなものがつながり、その間に美味しさが生まれる。そのつながりの中に僕らもいて、美味しさのバトンを未来へとつないでいく。

田口農園 徳島
住所|徳島県三好郡東みよし町西庄字泉野396
Tel|080-2995-5098
taguchinouen-tokushima.com

line

text: higuchi naoya
2025年1月号「ニッポンのいいもの美味いもの」

関連するオススメ記事

関連するエリアのオススメ記事