兵庫・明石《立呑み 田中》
地域に根ざした角打ちたるスタンス【中編】
|新しい酒に出合える角打ちの名店②
店主や酒ラヴァーとの会話を通して、気軽に酒の見識を深め、さまざまな酒と出合える角打ち。選りすぐりの名酒と多種多彩なつまみで多くのファンを魅了している名店3軒を訪ね、人気の理由を探った。
今回紹介するのは、地元はもとより、全国にその名が知れ渡る伝説の角打ち「立呑み 田中」。人気の背景には、常連も一見も分け隔てなく迎える、地域に根ざした角打ちらしいスタンスがあった。
地域に根ざした角打ちたるスタンス
開店を待ちわびて列をなしていた人々が、17時ぴったりに開いたドアの中に吸い込まれていく。「立呑み 田中」の夜営業がはじまった。
店内でまず目を奪われるのが、カウンターの上に並んだ大鉢。ピカピカの自家製オイルサーディンやつややかなタコの旨煮など、昼網の魚介を生かしたものを筆頭に、ポテトサラダなど野菜がふんだんな品々も。これらに加え、旬魚のお造りや天ぷらなど、その数50種は下らない。料理店と呼びたくなるクオリティながら、女将・田中裕子さんは「うちはあくまで酒販店の角打ち。お酒を楽しんでもらうための場です」とほほ笑む。店に立ちはじめた当初は、子育て真っ最中だった裕子さん。飲食業は未経験だったが、魚介を丁寧に下処理すること、きちんと出汁を取ることなど基本を大切に日々料理と向き合った。見聞きしたレシピを取り入れるうちにメニューは増え、やがて店の名は関西、そして全国の酒好きに知られるようになる。いまや神戸や岡山といった比較的近場をはじめ、東京や北海道から足を運ぶファンも。一方で、地域に根ざした角打ちたるスタンスも健全に保たれている。予約を受けるのは土・日曜、祝日のオープン時のみ。週の半分以上は来店する地元・明石のヘビーユーザーも2割ほどいるそう。
カウンターの一角を確保し、いざ料理と酒をオーダー。季節の日本酒は黒板に明記されているが、ここは女将やスタッフにおすすめをたずねるのが正解だ。「私たちにとって毎日の営業がそのまま勉強会。お客さまの要望や反応など、少しずつ蓄積したデータを生かしてお酒を提案しています」と裕子さん。酒の供といえばこっくりした甘辛味をイメージするが、“出汁で飲む”のもテーマのひとつ。淡麗な味わいのお浸しと柔らかい香味の純米大吟醸といった組み合わせもぜひ試してほしい。
隣に居合わせた常連らしき夫婦が「それ美味しいで」と太鼓判を押してくれたり、スタッフも一人客には「ひと皿を少なめにしときます?」と気遣ったり、でも決して押しつけない、馴れ合わない距離感が心地いい。近所にあったら通いたいという店は数あれど、立呑み 田中は少し違う。ここで飲むために明石を訪れたい、欲を言えば泊まって連戦したい。そう願わずにいられない、オンリーワンの角打ちだ。
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明石を味わう酒×料理×会話
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text: Aya Honjo photo: Sadaho Naito
Discover Japan 2024年1月号「ニッポンの酒 最前線 2024」