兵庫・明石《立呑み 田中》
日本一の角打ちは明石の商店街にあり【前編】
|新しい酒に出合える角打ちの名店②
店主や酒ラヴァーとの会話を通して、気軽に酒の見識を深め、さまざまな酒と出合える角打ち。選りすぐりの名酒と多種多彩なつまみで多くのファンを魅了している名店3軒を訪ね、人気の理由を探った。
今回紹介するのは、地元はもとより、全国にその名が知れ渡る伝説の角打ち「立呑み 田中」。とどまることを知らない人気の理由を確かめに、港町の商店街を訪ねた。
旅の目的地にしたい行列の絶えない名店
瀬戸内海に面した兵庫県きっての漁師町・明石。その台所として賑わう魚の棚商店街の一画に、“日本一の角打ち〟と呼び声高い店はある。
母体となる酒販店「たなか屋」は、1931年に創業。かつては酒類に限らず多様な商品を扱う、現在のコンビニのような“よろず屋”として親しまれた。「うちの角打ちの原点は、未明の漁から戻った海の男たちをもてなすための立ち飲みです」と語るのは、3代目店主の田中泰樹さん。田中さんの祖母は朝5時から店を開け、漁師らに朝食代わりの日本酒を提供していたという。魚市場とともに歩んできた町ならではのエピソードだ。
やがて代替わりし、競りの時間が遅くなるなど世情の変化に伴って角打ちの営業は昼以降にシフト。つまみは乾き物中心だったが、料理好きだった2代目は還暦を迎える頃、「本格的な料理を出したい」と語るようになった。しかし、志を果たす前にこの世を去ることに。「3代目を継いだ当初は、酒販店の業務で精一杯。角打ちを継続するかどうか、悩みました」と田中さん。しかし、蔵元探訪の出張先で地酒と料理とのペアリングを体験するうち、その楽しさに開眼。父からのバトンを受け取り、自分たちが理想とするかたちで角打ちを再スタートしよう。そう決めるまでに時間はかからなかった。目指したのは、競りにかかった魚介をすぐ食べられる店。明石では、午前中に水揚げされた魚が昼の市で競り落とされ、その日のうちに店に届く「昼網」という強みがある。リニューアルを経て、20年前に現在の「立呑み 田中」がオープン。モノでなく人の縁でつながった、全国の“正直な”造り手の酒を揃え、ゲストを迎える。
酒とともに店頭に並ぶ発酵食品の数々もまた、たなか屋を象徴する存在。そのまま酒肴として美味なのはもちろん、素材の味を引き立てる調味料としても優秀だ。きっかけは、生産が途絶えていたイカナゴの魚醤を復活させるべく、田中さんが商品化に尽力した「あかしの魚笑」。力強い旨みは角打ちの料理にも欠かせない。たとえばイカシュウマイのタネにほんの少し垂らせば味わいが引き締まり、魚介のグラタンのクリームソースに合わせればふくよかな風味とコクが増す。このほか、米の旨みをたたえた酒粕なども愛用。同じく発酵のたまものである日本酒やワインとの“醸×醸”のペアリングは、たまらない口福をもたらす。
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地域に根ざした角打ちたるスタンス
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text: Aya Honjo photo: Sadaho Naito
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