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三島由紀夫による幸福感溢れる恋物語
中村勘三郎×坂東玉三郎
シネマ歌舞伎《鰯賣戀曳網》

2023.7.23
三島由紀夫による幸福感溢れる恋物語<br>中村勘三郎×坂東玉三郎<br>シネマ歌舞伎《鰯賣戀曳網》
©松竹

歌舞伎の舞台を映画館で楽しめる「シネマ歌舞伎」。毎月、バラエティに富んだラインナップで全国34の映画館で上映。今月は『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』が2023年7月28日(金)~8月3日(木)にかけて上映される。上映開始の前にあらすじや作品背景を予習しよう。

恋に一途な鰯賣と秘密を抱えた美女の恋の行方は―

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京の都。五條橋で見かけた、都で評判の遊女に一目ぼれした鰯賣の猿源氏は、自慢の売り声にも全く元気がなく精が出ない様子。父・なあみだぶつは息子の恋を成就させようと、猿源氏を大名の一行に仕立て上げ、蛍火のいる揚屋に向かうことにする。ついに憧れの蛍火との再会を果たした猿源氏は呆然と見惚れながら注がれるままに盃を交わし、いつしか蛍火の膝の上で酔いつぶれて寝入ってしまうのだった。そんな折、寝言で「伊勢国に阿漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい」と自慢の売り声を上げてしまい、それを聞いた蛍火に素性を問いただされ…。

三島由紀夫が手掛けた歌舞伎作品

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本作『鰯賣戀曳網』は稀代の作家・三島由紀夫が『地獄変』に続き、二作目に手がけた歌舞伎作品。
三島が手掛けた全6作品のうち、唯一、三島自ら企画を持ち込んだ作品で1954年11月に、十七世中村勘三郎の猿源氏と、六世中村歌右衛門による蛍火で歌舞伎座にて初演された。室町時代に成立した御伽草子の「猿源氏草子」などをベースに、歌舞伎の持つ様式美を活かしながら、古風で大らかな味わいをもった笑劇として執筆された本作は、他の三島歌舞伎作品とは異なり、幸福に向かって進んでいく男女二人の恋物語だ。
本作では、初演時には父・十七世勘三郎が演じた猿源氏役を十八世中村勘三郎が、蛍火を坂東玉三郎が演じる。この二人による『鰯賣戀曳網』は、平成元年の公演を最初として、十八代目勘三郎襲名披露公演など、繰り返し上演。勘三郎と玉三郎が醸し出す愛嬌と ファンタジックな要素が混ざり合って、三島由紀夫が意図した通りの大らかで和やかな笑いを生み出す、最高の顔合わせだ。

歌舞伎との出会いとこだわり

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昭和を代表する作家・三島由紀夫(本名:平岡公威)は1925年1月14日、東京に生まれた。幼少期より祖母や母の影響を受け歌舞伎に興味を持つが、初めて歌舞伎を観劇したのは中学に上がった1938年のことだった。歌舞伎座にて『仮名手本忠臣蔵』を鑑賞して以降、歌舞伎の虜となり夢中で観劇を重ねていく。やがて、鑑賞の度に自ら劇評をつけるようになり、戦中、戦後と歌舞伎の激動の歴史もつぶさに見続け、三島由紀夫として活動を始めると歌舞伎の劇評や歌舞伎座の筋書への寄稿など様々な形で歌舞伎に関わるようになる。

そんな三島が残した歌舞伎作品は『地獄変(じごくへん)』『鰯賣戀曳網』『熊野(ゆや)』『芙蓉露大内実記(ふようのつゆおおうちじっき)』『むすめごのみ帯取池』『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の全6作品。
新作歌舞伎が意欲的に生み出され、その上演が盛んだった当時、三島は他の作品が現代的なセリフや演出を好むのに反して、新作歌舞伎でありながら古典歌舞伎の様式や古風な台詞の言い回しなどを活かした作品の創作にこだわった。古典歌舞伎の様式に、蛍火のような自らの意思で突き進むヒロイン像など、斬新な発想を重ねた三島の作品は「三島歌舞伎」と呼ばれ話題となる。
三島が劇作家として、歌舞伎や能に積極的に取り組んだ背景には、古典様式によって浮き上がる日本特有の美の結晶を舞台の中に追い求めたということがうかがえる。

現代の女性にも通じるヒロイン・蛍火

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劇中、揚屋の遊女たちが、干柿が入っているのでは?と蛍火が大事にしている壺をひっくり返すと、中からは古歌の書かれた無数の美しい貝が。上の句と下の句を合わせる“貝合わせ”の遊び方を蛍火が遊女たちに教えるこの場面では、実は丹鶴城の姫である蛍火の教養の高さがうかがえる。
また、最後に猿源氏が探していた鰯賣だとわかると、その場で夫婦となることを声高らかに宣言する蛍火。女性が自らの意思を表明することが難しかった時代に、自分の意志で人生を切り開いていく先駆的な女性像が描かかれているのは、三島歌舞伎ならではだ。

三島由紀夫と坂東玉三郎


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三島由紀夫が残した最後の歌舞伎作品『椿説弓張月』は当時19歳だった坂東玉三郎にあてて書かれたもの。三島は当時の玉三郎を「薄翅蜉蝣(うすばかげろう)のような美しさ、何より大事なのは古風な気品ある美貌」とその印象を言葉に表している。一方で玉三郎はこの当時を振り返った際に、「新作の大役、夢中で勤めました」と語っている。玉三郎は、この作品の本読みや稽古を通して三島と交流をもち、『椿説弓張月』の舞台が終わり再会を果たした折、玉三郎は三島から「君は将来これをやるから君が持っていなさい」と、『サド侯爵夫人』の装丁本を贈られる。そして、月日が流れた13年後、玉三郎33歳の時にその舞台は幕を開けた。舞台を通しての交流エピソードは、本作冒頭の特別映像にも収められている。

坂東玉三郎が中村勘三郎との共演や
三島由紀夫との思い出を語る


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本作の収録公演が、『鰯賣戀曳網』での勘三郎との最後の共演となった玉三郎。共演を振り返り、玉三郎が語る思いとは…。さらに、歌舞伎を通して交流のあった三島由紀夫との思い出を語る場面も必見だ。

読了ライン

月イチ歌舞伎2023上映作品
『鰯賣戀曳網』
公開日|2023年7月28日(金)~8月3日(木)※東劇のみ延長あり
上映館|東劇ほか全国の映画館にて(詳しくはこちら
料金|一般2200円、学生・小人1500円
作|三島由紀夫
出演|中村勘三郎、坂東玉三郎 松本幸四郎、片岡亀蔵、坂東彌十郎、中村東蔵 ほか(平成21年1月歌舞伎座公演)
※同時音声解説のイヤホンガイドアプリはこちら

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