坂東玉三郎が世界で大絶賛を浴びた伝説の舞台
シネマ歌舞伎《鷺娘/日高川入相花王》
歌舞伎の舞台を映画館で楽しめる「シネマ歌舞伎」。毎月、バラエティに富んだラインナップで全国34の映画館で上映。2023年6月の作品は『鷺娘/日高川入相花王(さぎむすめ/ひだかがわいりあいざくら)』が2023年6月9日(金)~15日(木)にかけて上映される。上映開始の前にあらすじや作品背景を予習しよう。
最も人気のある演目のひとつ『鷺娘』
狂おしい一途な恋心を、時に静かに時に華やかに踊り上げる「鷺娘」は、歌舞伎の女方の魅力が詰まったドラマティックな演目。1762年に初演された後、一旦上演は途絶えていたが、1886年に復活して以降、引き抜き(踊りの最中や演技中に、一瞬で衣裳を変える演出)をはじめとする現在行われている演出が完成し、舞踊の人気作品のひとつとして上演を重ねている。
道ならぬ恋心を胸に、鷺の精は舞う
©松竹
しんしんと雪の降る水辺の柳の下に、蛇の目傘を差した白無垢姿の娘がひとり佇んでいる。娘は実は道ならぬ恋に悩む白鷺の精。一途な恋心を綴っていくが、いつしか白鷺の姿に戻った娘は、遂げられぬ恋に苦しみもがき、降りしきる雪の中息絶えるのだった……。
この作品では、道ならぬ恋に迷う女性の姿と心理描写が主題である。
寂寥感と幻想的な雰囲気溢れる幕開きの後、傘を手にした白無垢姿の娘が登場する。娘のしぐさには爪先や振袖の動きが取り入れられ鷺の精であることが端々に表現される。娘は町娘姿となり華やかな踊りで恋心を見せていくが、ぶっかえり(引き抜きの1種で上半身の着物を腰から下に垂らし、その裏面を見せることで変化させる演出)で白の衣裳に変わり鷺の精の本性を顕す。人間との許されない恋をした鷺の精は、地獄の責め苦を受け、やがて力尽きてしまうのだった。
この激しい中にも儚さを漂わせるラストはこの舞踊最大の見どころだ。幕切れは元来、舞台上に設置された段に上がる形式だったが、大正末に来日したロシアのバレリーナ、アンナ・パブロワによる「瀕死の白鳥」の影響により雪の中で息絶える演出が行われるようになったと言われている。
海外公演でも大絶賛された玉三郎の代表作
坂東玉三郎が初めて『鷺娘』を踊ったのは1978年。’84年には世界最高峰のバレエダンサー ルドルフ・ヌレエフやマーゴ・フォンテイン、三大テノールと言われるプラシド・ドミンゴ等、錚々たる世界的アーティストが顔を揃えたニューヨークのメトロポリタン・オペラハウス100周年記念ガラコンサートで上演し、その類まれな表現力によって多くの観客を魅了し大喝采を浴びた。
その後ドイツやイギリスなどでも公演を行い、現地の批評家から絶賛の声があがった。
これは間違いなく五代目坂東玉三郎の”ドリーム・ロール”である。鷺娘として、全ての言語を超越した可憐さを表現している。その動きと最後の死の中で美と優しさを表している。
クルト・カール(「クーリエ」1989年10月22日)
圧巻ともいうべきは、「鷺娘」という作品である。玉三郎に演じられて、それはステージの上で今までに見た中で最も美しい、息を呑む程に美しいものとなる。この抑制と流麗さに加えて玉三郎は、偉大なる俳優の持つ限りない想像力の域に達しているように思われる。
マイケル・ビリングトン(「ガーディアン」 1991年10月7日)
数多くの素晴らしい点の中で、もっとも特筆すべきは女方の芸術性である。それは高度に洗練されたレベルの、驚くべき技術を持って示されるものである。玉三郎はこの役に完全に身を委ねており、感情面での強烈さと冷静な繊細さとのコンビネーションは荘厳さを感じさせるほどである。
(「フィナンシャル・タイムズ」1991年10月7日)
また、玉三郎とも親交のある世界的アーティスト、現代の最も偉大なダンサーの一人と称されるミハイル・バリシニコフ氏、100年に一人の才能と言われた世界最高峰の元バレリーナ シルヴィ・ギエム氏もコメントを寄せている。
美が、完璧な人間という器を得ることはまずない。
坂東玉三郎の『鷺娘』を除いては。
彼のパフォーマンスでは優雅さ、テクニック、ビジョン、そしてドラマがその不滅の肉体において一つになっている。
すべての瞬間は感情に満ち溢れ――時に抑制され、時に解放され――、しかしながら常に、この現代最高峰の女方の圧倒的なコントロールのもとにおかれている。
ミハイル・バリシニコフ
『鷺娘』を観た日、一緒に鑑賞した姪にこう言った。
「今まさに『美』を観たのよ。」
人生には、真に純粋な感情に衝撃を受け、自分が永遠に変えられてしまう瞬間がある。
この舞台はそんな瞬間だった。
シルヴィ・ギエム
もう生では観られない伝説的な舞台を映画館で
©松竹
国内外での上演回数は400回を超え、磨き上げられた圧倒的な美しさと完成度で『鷺娘』は玉三郎の代表作のひとつと言える演目だ。しかし高度な技術に加え、数十キロにも及ぶ衣裳や鬘をつけ踊り続ける体力を要するため2009年の上演を最後とし、以降全編を踊ることはないと玉三郎自身が明言している。
そんな伝説的な舞台が、シネマ歌舞伎として全国の映画館で上映される。同じく玉三郎が主演を務める「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」との2本立てで1200円という手頃な料金で鑑賞できる。映像・音響も玉三郎自身が制作に参加したという究極の『鷺娘』を、大スクリーンで堪能しよう。
読了ライン
©松竹
月イチ歌舞伎2023上映作品
『鷺娘/日高川入相花王』
公開日|2023年6月9日(金)~15日(木)※東劇のみ6月16日(金)以降も上映
上映館|東劇ほか全国の映画館にて(詳しくはこちら)
料金|1200円
出演|「鷺娘」坂東玉三郎(平成17年5月歌舞伎座公演)/「日高川入相花王」坂東玉三郎、尾上菊之助、市川九團次(平成17年10月歌舞伎座公演)
※同時音声解説のイヤホンガイドアプリはこちら