TRAVEL

漫画家・堀道広が行く!
アイヌ文化の発信地・阿寒湖をめぐる旅

2023.3.3 PR
漫画家・堀道広が行く!<br>アイヌ文化の発信地・阿寒湖をめぐる旅

この地ならではの四季折々の美をダイナミックに体感できる、北海道釧路市・阿寒湖温泉。湖畔の街、阿寒湖アイヌコタンをシンボルとし、阿寒湖が間近にありながら、この街には温泉宿やアイヌの人々が営むクラフトショップやシアターなどが軒を連ねる。
そんな大自然とアイヌ文化を同時に楽しめる阿寒湖温泉の夏・秋・冬を、漫画家で元漆職人の堀道広さんが体験。旅を通しての出合いや発見、そして阿寒湖温泉の魅力を、イラストを交えながら語っていただきました。

記事下部では滞在時のエピソードを描いた4コマ漫画も掲載!

堀道広(ほり みちひろ)
富山県出身。うるし漫画家。国立高岡短期大学(現・富山大学芸術文化学部)漆工芸専攻卒。石川県立輪島漆芸技術研修所卒。文化財修復会社を経て、漆屋で職人として働きながら2003年漫画家デビュー。以降、漆と漫画の分野で活動。著書に『おうちでできるおおらか金継ぎ』(実業之日本社)、『うるしと漫画とワタシ』(駒草出版)など。

〈夏〉
阿寒湖アイヌコタンとの出会い

伝統の唄・音楽に乗せて頭を振る、黒髪の踊り(フッタレチュイ)。阿寒湖アイヌシアター「イコ」の古式舞踊でのワンシーン

9月初旬、羽田から釧路に向かう飛行機で自分の席の周りにアイヌ民族のような風貌の人たちが座っていて、驚いた。阿寒湖とはどんなところなのだろうかと、初めて訪れる国へ行くときのような緊張感が漂う。心なしか自分の緊張で飛行機も揺れている?と思ったが、後ろの席の人が貧乏ゆすりをしていただけだった。
たんちょう釧路空港から少し荒めの運転のバスに乗り換え1時間、阿寒湖バスセンターに着いた。パキスタンの山岳地帯で乗った乗合バスを思わせる雰囲気に、気持ちが高まる。

阿寒湖温泉に着いてすぐにアイヌの人たちが居住するアイヌコタンへ。
阿寒湖アイヌシアター「イコ」で、アイヌ古式舞踊の公演を鑑賞した。長い髪の女性たちがヘッドバンキングのように頭を振る踊りや、手拍子と口琴(ムックリ)が印象的だった。アイヌラックル(人間みたいな神・アイヌ民族の祖とされる)の話。独特で神聖なものを見た気持ちになった。

続いてボッケ(泥火山)を散策。ボッケの周りは地熱で暖かく、雪が積もらない場所があるので神聖な場所だったという。そうだろうな、と思う。そこに縄文時代から人が住んでいた。そしてそういう(古代の人からしたら)不思議な現象の起こる場所には近くにたいてい神社があったりするのでは、と何となく思っていたら本当に近くにあったので驚いた。

阿寒湖アイヌコタン
初めて見る阿寒湖は大きく、美しかった
ボッケ(泥火山)
両国総本店というジビエ料理のお店で鹿肉の鉄板焼きをいただく。初めて食べたので感動したし、美味しかった。お店に向かう道すがら、野生の鹿を何頭も見た後だったので少し複雑な気持ちだった、と当時の私のメモには記されていた。この偽善者が!と自分で突っ込んでおく
赤塚不二夫先生も気に入って何度も訪れていた阿寒湖温泉。阿寒湖アイヌコタンの彫刻家・床ヌブリさんと親交があったことを、ご子息の床州生(とこ しゅうせい)さんが教えてくれた

〈秋〉
紅葉真っ只中!まりも祭り

誰だ、雨男は…!え、まさか自分?

秋滞在のメインは「まりも祭り」。祭りと聞いてテキ屋や御輿(みこし)が出るはっちゃけたお祭りを想像していたが、厳粛な儀式だった。「カムイノミ」という儀式を見学。外での儀式は大雨だった。民族衣装の上から羽織ったレインコート姿、儀式参加者も私のような見学者も入り混じってみんな傘、という光景は少しシュールだった。
「長年やっててこんな雨は初めて。だいたい晴れるんだけどね」と儀式に参加するおばあさんの声。
雨の中、阿寒湖の森の保護や保全に大きく関わった前田一歩園の初代園主の像に祈りを捧げる儀式もあり、二度と見られない珍しいものを見られた気がした。
アイヌの男性がまりもを阿寒湖に還す儀式もあったが、あまりの大雨で残念ながら中止となった。

秋ならではの阿寒湖周辺の景色を楽しむため、Eバイクという電動アシスト自転車に乗り紅葉狩りへ。見どころが多い、阿寒湖!滝見橋の下から、滝を近くで見ようと降りてしばらく散策。橋の下で白骨化した動物の骨を複数見つけ、子供のようなテンションで東京の自宅まで持ち帰った。妻に怒られたのは言うまでもない。

ハイテク自転車でサイクリング!
滝見橋の下で見つけた白骨化した骨。動物のものだろうか…
阿寒湖温泉から車で20分ほどの場所にある湖、オンネトー(アイヌ語で“年老いた沼”という意味)。紅葉が湖面に反射する美しい風景を見て、心が浄化され血流がよくなった
アイヌコタンの若手木彫作家・瀧口健吾さんに「光の森」という、300年前と同じに復元しようと保護された森を案内してもらえるガイドツアーに参加。ツアーの終わりがけに、健吾さんが若い頃アイヌの文化に反発していたけどある出来事があって…みたいなふとしたご自身のこぼれ話がエモくて人間味があった

〈冬〉
マイナス20度の絶景とアイヌ民族の温もり

マイナス20度以下になる冬。北陸出身の自分でも、バイトの精肉工場での冷凍室でしか経験したことのない気温だ。鼻毛も、カップヌードルも凍る寒さ。気温の低い朝に、お湯投げ(空中に熱湯を撒いて瞬時に氷の粒になって煙のようになる現象)も体験した。とっくに中年だけど子供のようにうれしかった。

冬の阿寒湖温泉に来られてよかった。シンプルにとてつもなく美しい。自分がこの先、自分の子が、孫が、ひ孫が、この美しい風景を見られることが果たしてあるのだろうか、と思った。夜、凍結した阿寒湖の上で花火を見た。氷上の空気、人間の息や水蒸気が凍って、設置されたタイマツや照明に照らされてキラキラとダイヤモンドダストのような光景を初めて見た。写真には写らないかもしれない繊細な輝きだ。

毎年冬に開催され、今年3年ぶりに有観客で行われた「ウタサ祭り」は、本当に素晴らしかった。
観客と演者が一体となっているのを見て、普段はライブというものにそこまで感情移入できないひねくれた自分も感動してしまった。自分の身近な人が祭りに関わっていたら、即号泣していただろう。まだ3回しか来ていない自分でさえ、そんな意識になった。若者も年寄りも関係なく、みんなで盛り上がっていた。子供たちをコタン全体で育てている感じがした。
お客さんの演者を見る眼差しも温かく、涙ぐんでいる周りの観客を見て、こちらまでもっていかれてしまった。いち観客である自分まで、まるでライブに参加しているような気持ちにさせてくれて感謝しかない。

「ウタサ祭り」にはアイヌに親和性のある、ハートの熱いアーティストを選んでいると、アイヌコタンのキーパーソンでプロデューサーの床州生さんも語っていた。祭りの終盤、イベントの成功を確信したのか、世界の平和を祈ったのか、どちらかが正解のピースサインをしていた州生さんが、印象的だった。

阿寒湖温泉に来るたびにアイヌの人々の人間味の強さ、誇りの高さ、温かさ、を感じるとつくづく「アイヌの人たちがうらやましい」と思っていたが、ウタサ祭りを見てより強くそう思った。

マイナス20度の中では前髪も、熱湯を注いだカップ麺も約15分で凍ってしまう
photo:Taro Mizutani
ウタサ祭りの様子
photo:Taro Mizutani
アイヌの10代メンバーによるバンドTadekui(タデクイ)がとてもかっこよく、感動した
足を伸ばして博物館網走監獄にも20年ぶりに訪れ、看守の人形と再会を果たした、と思って感動していたら、看守が違うやつじゃないか!20年前の髪型がウケる(写真右)

アイヌ民芸品と元漆職人

元漆職人で今は「漆漫画家」と名乗る仕事上、古い漆のものも好きである。夏滞在のときにアイヌコタンの日川民芸店にふらりと入ると、店の奥に日川さんの家で代々使われていたという昔の交易で得た儀礼器の行器(シントコ)や酒盃(トゥキ)が展示(というか普通に置かれて)いた。なかなかアイヌの方のお店で、古い漆器を見られることもないので熱心に見ていたら奥からお店のご主人の日川さんが出てきて色々見せてくれた。

秋滞在で再び日川さんのお店に行くと、店番をする奥さんが優しい言葉で迎えてくれた。私が昔、漆器関係の仕事をしていたと話すと、日川さんは2脚の唐草模様の蒔絵のある酒盃(トゥキ)を指して「家に伝わるこのお椀を、死ぬ前に新しく作ってもらいたい」と頼まれた。
(今はそういう仕事していないので)これは大変だと思ったけど、これも旅の縁、という自分でも物語の主人公的なギアが入り、(今は漫画家のクセに)「わかりました。やりましょう」と引き受けた(とはいえ心は冷や汗)。

一度トゥキを預かってはみたものの、15分くらい歩いた先のホテルの自室に戻って輪島時代の蒔絵師の友人にどのくらいになるか見積もりしてもらったら「唐草模様の蒔絵は難易度が高く値段が高い」とのことで、一旦シラフになり「これは大ごとだからやめよう」と菓子折りも持って断りに行った。
すると日川さんは優しく「そのくらいの値段がかかるのはよくわかる。いくらかかってもいいから、やってもらいたい」と逆説得され、やっぱりやることになってしまい、トゥキを再び預かることになった。必要以上に高いお金になるのが申し訳ないんだよ〜(汗)というのが本心だった。

阿寒湖温泉から帰って、12月に実家の富山県に帰ったときに、石川県に住む知人の木地師の家に木地の発注に直接頼みに行った。
年が明けて2月の冬滞在、日川さんのお店を再訪すると、日川さんから「今日お椀がどうなったか思い出してたんだ」と言われた。詐欺師だと思われていないか心配だった。まだトゥキの木地はでき上がっていない。

数ヵ月後に木地ができたら、漆を数ヶ月かけて私が自分で塗って(他の人に塗りを頼むより経費を安く抑えられるので)、数ヵ月かけて蒔絵を友人に付けてもらい、それを受け取った私が阿寒湖アイヌコタンの日川さんに届け、どのくらい先になるかわからないがそれでようやくこの物語は終結すると思っている。

読了ライン

ご主人で木彫作家の日川 清さんと、その奥さん

 


同じく春夏秋の阿寒湖を体験!
 
≫写真家・上田優紀の阿寒湖滞在記
 

text/illustration=Michihiro Hori photo=Michihiro Hori, Yuki Ueda, Rise Tanaka

北海道のオススメ記事

関連するテーマの人気記事